金属的な性質を持つp波磁性体の存在を初めて実証、理研ら:量子デバイスなどへの応用に期待
理化学研究所(理研)や東京大学らの共同研究グループは、反強磁性体でありながらp波スピン分裂が現れる「金属p波磁性体」の存在を初めて実証した。今回の成果は、反強磁性体を用いたスピントロニクスや量子デバイスへの応用が期待できるという。
磁気格子が結晶格子の6倍となる格子偶数整合ならせん磁気構造を確認
理化学研究所(理研)や東京大学らの共同研究グループは2025年10月、反強磁性体でありながらp波スピン分裂が現れる「金属p波磁性体」の存在を初めて実証したと発表した。今回の成果は、反強磁性体を用いたスピントロニクスや量子デバイスへの応用が期待できるという。
反強磁性体は、電子スピンが交互に逆方向を向いていて、外見上は磁石の性質を示さない。ところが、量子力学的効果によって電子の動きや性質に関わる物理的/化学的な働きを発現することは知られている。p波型スピン分裂も理論的には以前から予言されていたが、これまでは安定した物質中で観測されていなかった。
こうした中で近年は、結晶格子の偶数倍周期を持つらせん磁気構造において、反強磁性体でありながらp波型スピン分裂が現れるp波磁性体が出現しうることも報告されている。p波磁性体におけるスピン分裂は、室温の熱エネルギーの数〜数十倍に相当する数百meVという高いエネルギーを持つ。このため、電流による高効率なスピン蓄積や大きな異方的磁気抵抗効果の発現につながると期待されている。
共同研究グループは今回、希土類金属化合物のGd3(Ru,Rh)4Al12に着目した。これを用い、Ru(ルテニウム)の一部をRh(ロジウム)に置き換え、電子状態を調整することによって、らせん磁気構造の周期を原子が規則正しく並ぶ結晶格子と整合させることにした。
共鳴X線散乱と中性子散乱を用い、磁気構造を調べた。この結果、RuをRhに約5%置き換えた試料は、磁気格子が結晶格子の6倍となる「格子偶数整合ならせん磁気構造」が形成されていることを確認した。また偏光解析によって、全てのスピンが同一平面上で回転する共面的ならせん磁気構造であることが分かった。これらのデータに基づき、金属p波磁性体の存在を実験によって実証した。
さらに、異方的なp波スピン分裂が電子輸送特性に及ぼす影響を調べるため、マイクロメートル級のデバイスを作製した。基板から受けるひずみの影響を除去したうえで、異なる方向に電流を流した場合の電気抵抗を測定した。これにより、p波スピン分裂の理論から期待される電気抵抗の異方性を観測できたという。
今回の研究成果は、理化学研究所(理研)創発物性科学研究センタートポロジカル量子物質研究ユニットの山田林介客員研究員(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻助教)、プリヤ・バラル客員研究員(東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター客員研究員)、マックス・ヒルシュベルガーユニットリーダー(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻准教授)、強相関量子伝導研究チームのマックス・バーチ基礎科学特別研究員(現在は強相関物性研究グループ研究員)、十倉好紀チームディレクター(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)、創発機能設計研究ユニットの奥村俊ユニットリーダー(東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター特任准教授)、強相関量子構造研究グループの有馬孝尚グループディレクター(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)、量子物性理論研究グループのモリッツ・ヒルシュマン基礎科学特別研究員、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の佐賀山基准教授、中尾裕則教授、総合科学研究機構中性子科学センターの大石一城主任研究員、日本原子力研究開発機構J-PARCセンターの大原高志研究主幹、鬼柳亮嗣研究副主幹らによるものである。
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