製品アーキテクチャによる差別化と競争優位性:勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ(8)(4/4 ページ)
今回は製品アーキテクチャの概念的な部分から、差別化や価値をいかに設計に組み込むかについてお伝えしたい。皆さんの企業と顧客の製品がどのタイプのアーキテクチャを持つかが、自社を優位に立たせる観点で重要だ。デジタル家電や自動車業界の例から、電機業界が進むべき方向を考察する。
電機業界が進むべき方向!?
第5回で述べた「組織能力」の側面から見ると、「容易に真似できない領域」や「鍛え続けた強み」……すなわち、模倣されない技術として “イノベーション(革新技術)”は電機業界に比べて自動車業界にはほとんど見られなかったが(第1回参照)、“積み重ね技術(第5回図4)”として示したインテグラル型こそが、意味的価値を付加しやすく、価値獲得もしやすいということになる。しかし、インテグラル型の維持は困難であるため、自動車は意味的価値を上手に加えることで、価値低下を防いでいる。
これからのデジタル家電製品を、自動車のように「中インテグラル・外インテグラル」のアーキテクチャに変えていくならば、それこそ、VHSやベータマックスのようにおよそ40年前のアナログ製品で擦り合わせ型のモノづくりをしなければならない。これはもはや現実ではあり得ない。
デジタルやモジュラー化のメリットを十分生かしつつ、これらのデメリット(真似されやすくコモディティ化が進みやすい)を含めて考えると、今回、皆さんにお伝えした「中インテグラル・外モジュラー」のアーキテクチャでモノづくりを狙うことが挙げられる。中も外もモジュラーアーキテクチャで、かつデジタル製品で、オープンな標準部品を使っている限り、今の日本の電機企業は世界を相手に勝ち目はない。世界のモノづくりを見てみよう(図4参照)。
同図は各国のモノづくりで得意領域をマップしたものである。縦軸が“擦り合わせ軸”で、横軸が“モジュラー軸”である。それぞれの仕事のやり方の特徴も示している。唯一、この2軸に収まり切らないところが、EU(欧州)であり、デザイン・ブランド重視の擦り合わせ(インテグラル)型となっている。なんとなく、国民性をそのまま表しているようでうなずくところも多いのではなかろうか。
日本企業はインテグラル型が本来、得意であるにもかかわらず、モジュラー型で労働集約型(中国)や資本集約型(韓国)と真正面からケンカをしてしまったのである。さらに、“カイゼン”という言葉が美化され過ぎて、オペレーション偏重となってしまったことも敗因の1つだ。デジタルでモジュラーが進んで現在、オペレーションだけで製品の差別化や価値獲得は至難の業である。
なんとなく、ぼんやりとではあるが、進むべき方向が見えてきた感があるが、世の中そう甘いものではない。価値を継続的に生み出すためには、「鍛え続けた強み」が必要であり、「積み重ね技術」を蓄積しなければならない。特に意味的価値を生み出し、製品開発の上流工程からこれらの価値を製品に埋め込み、世の中に製品を出した際には、きちんと顧客価値を得なければならない。そしてこれらは短期間では成し得ず、組織の経験学習を積み重ねた組織能力に大きく依存するものである。
コスト削減の要求は絶えることなく、価値を生み出し価値を獲得するために、今すぐからでも行うべきことをこれから皆さんと一緒に考えていきたい。次回は製品の標準化のお話をして、今回の続きについて述べていきたい。
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Profile
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『“AI”はどこへ行った?』などのコラムを連載。
一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)で技術系ベンチャー企業支援と、厚生労働省「戦略産業雇用創造プロジェクト」の採択自治体である「鳥取県戦略産業雇用創造プロジェクト(CMX)」のボードメンバーとして製造業支援を実施中。
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