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意味不明の「時短」は、“ツンデレ政府”のSOSなのか世界を「数字」で回してみよう(45) 働き方改革(4)(11/11 ページ)

「働き方改革」において、「生産性」に並ぶもう1つの“代表選手”が「時短」、つまり「労働時間の短縮」ではないでしょうか。長時間労働の問題は今に始まったことではありませんが、どうしても日本では「時短」がかなわないのです。それは、なぜなのでしょうか。

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合理主義の米国企業が“チームワーク”に回帰している?

後輩:「……この際、はっきり言いますけどね」

江端:「今まで『はっきりと言わなかった』などということがあったか?」

後輩:「日曜日の朝にやっている、『サンデーなんとか』とかいうニュース情報番組に出てくる、意外な切り口で論じる知性もなく、大衆受けコメントしかできない、無勉強のコメンテーターのコメントと、同程度の内容だと思いました」(本当にこう言った)

江端:「今まで、いろいろなひどい批判を受けてきたが、今回は、従来にないクオリティーの高い『酷さ』だな ―― では、語れ」

後輩:「今回の政府の『働き方改革』の目的は、欧米方式 ―― 特に米国 ―― の導入ですよ。江端さん、政府資料をよく読んでください。労働時間の規定、労働内容の詳細化、権限と責任範囲の明文化。これらが示すものは一つしかありません。『労働のパッケージ化』ですよ」

江端:「『労働のパッケージ化』? それは、「労働」をダンボール箱の商品のように取り扱う、という意味でいいのか」

後輩:「その通りです。『労働のパッケージ化』ができれば、取り扱いが簡単ですよね。まず、ムダがなくなります。労働を、コストコの倉庫のように積み上げることができ、Amazonの宅配のように提供できるようになり、不要なパッケージは滅却処分です。

江端:「うーん、つまり『4時間限定労働パッケージ』とか、『AIプログラミング100時間労働パッケージ』のイメージでいいのか」

後輩:「その通りです。そして、そのパッケージには、(1)製品(労働)と(2)マニュアルと(3)契約書の3つが入っています」

江端:「しかし、労働って、パッケージ化できるものなのか?」

後輩:「そこです。ここには、米国型契約の特殊な背景があります。彼らの労働契約は、「人間と人間」ではなく「神と人間」との契約なのですよ」

江端:「うん。『神』うんぬんの話は面倒くさそうなので、次回に回そう」

後輩:「『パッケージ化』が、本当に期待された機能を発揮していたかは疑問はあります。しかし、少なくとも米国においては、労働が『パッケージ』という概念で把握されていたのは事実です」

江端:「しかし、この『パッケージ化』には問題もたくさんあるような気がする」

後輩:「実際に問題はありました。例えば、自分の所掌範囲にない労働が発生した場合 ―― 例えば、同僚がインフルエンザで会社を休んだ時に、このフォローが必要となりますが、このフォローが契約書に記載されていなければ、フォローする必要はありません」

江端:「それでは、仕事が回らないだろう?」

後輩:「ええ、ですから、もしフォローしたとしても評価されず ―― というか、評価の方法が分からなくて ―― 個人的な「ボランティア」とか「親切」とかで把握されてしまうのですよ。まあ、ちょっと大げさに言っていますが、これが『労働のパッケージ化』の問題点の一例です」

江端:「しかし、政府(や企業)は『それでも、米国では『労働のパッケージ化』で、そこそこうまく行っている。だから日本(や、わが社)もそうしよう』と考えた、ということだろう」

後輩:「基本はそんなところです。ところがここに来て、米国自身が、『労働のパッケージ化』に疑問と限界を感じ始めているのですよ」

江端:「はい?」

後輩:「例えば、Google社が、『「他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感」といったメンタルな要素の重要性』こそが、生産性向上の鍵である、などということを発表しています(プロジェクト・アリストテレス)。

江端:「え? それって、フツーに『チームワーク』って言うんじゃ……」

後輩:「さらに同社は、金銭ではない価値、例えばリスペクト(敬意)が重要である、ともいっています。リスペクトは、好きな人同士が感情を共有し、刺激を受け合い、共生することで新しい価値を創生できる、とも言っています」

江端:「……ええっと、ちょっと混乱してきた。つまり何か、米国の最優良のIT企業が、ここ100年以上、わが国がずっと実施し続けてきた『チームワーク』や『互譲の精神』を、今頃になって再発見した、と、こういうことか?」

後輩:「そうです」

江端:「もう一度確認するけど、米国は、『労働のパッケージ化』に限界を感じ始めている ―― かもしれない、ということだよね?」

後輩:「そうです」

江端:「で、我が国は、働き方改革で『労働のパッケージ化』を開始しようとしている、ということでいいのかな?」

後輩:「そうです」

江端:「じゃあ、政府主導の働き方改革って、全くのムダということになるのか?」

後輩:「とは、思いません。基本的には、私は、日本も『労働のパッケージ化』をきちんと試してみて、その上で、もう一度、過去の日本式働き方を見直すということには意義があると思うのです」

江端:「・・・」

後輩:「私たちは、今の働き方を、一度、ダンボール箱に詰め込んでみるという、恐しく面倒くさいことを、最低一回はやるべきなのです」

江端:「では ―― ダンボール箱に入ることができなかった労働(労働者や職種)は、どうなるんだろう?」

後輩:「『働き方改革』という国策の元においては、そのような労働は、当然、滅却処分でしょうね


江端:「……まあ、それはさておき、政府の資料って、本当に分からないんだよ。私の頭の悪さを勘案しても、それでも、何を言いたいのか、本当の本当に分からない」

後輩:「ああ、そういえば、今回のコラムで『働き方改革とは、政府が国民に"もう無理! 限界!"と叫んでいる』という、江端さんの見解だけは感心しました。あれは良い解釈だと思います」

江端:「私たちに対して『もう自助努力でなんとかしてくれ! 頼む!』と素直に言ってくれれば、国民の心に真っすぐ刺さると思うんだけどな〜〜」


 ――というわけで、今後、私は、

日本国政府は、わが国最大のツンデレ機関

と考えることにしました。


⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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