「学会に行って満足」は時代遅れ、米国VCが伝えたいこと:日本は伸びしろがあるのにもったいない(4/4 ページ)
米国のベンチャーキャピタル(VC)Pegasus Tech Venturesの創設者兼CEOを務めるAnis Uzzaman(アニス・ウッザマン)氏は、日本に留学していたこともある人物だ。世界中のさまざまなスタートアップを知るUzzaman氏は、日本のスタートアップの実力、そしてスタートアップ投資に対する日本企業の姿勢をどう見ているのだろうか。
次世代チップを手掛けるベンチャーが次々と誕生している
――日本でも、スタートアップとの提携に興味を持つ大手企業が増えてきたということですが、半導体業界についてはいかがでしょうか。日本の半導体大手企業に期待することはありますか?
Uzzaman氏 それを話すために、ここ2〜3年の半導体、特に機械学習/ディープラーニング向けのチップ(以下、AIチップ)の動向を紹介させてほしい。
ご存じのように、ここ数年、AIチップの進化が著しい。とりわけ米中の大手ハイテク企業がこぞってAIチップを発表、または開発している。GoogleのTPU(Tensor Processing Unit)、IntelのVPU(Vision Processing Unit)「Myriad X」、AWS(Amazon Web Service)の「Inferentia」などが挙げられる。
実は、AIチップの開発と発表が相次いだ2017〜2019年にかけて起きた大きな変化として、CPU、GPUに続くTPUなどのAIチップを開発するベンチャーが世界中で大量に誕生した。米SambaNova Systems、英Graphcore、イスラエルHabana Labs(Intelが2019年に買収)などだ。特に米中が多く、日本はゼロに近い。
このようなスタートアップは、半年もたてば次々に買収されていく。Intel、IBM、Alibabaといった巨大企業が買っていく。自社で開発するよりも早いからだ。当然、買収した方の企業(Intelなど)は、それだけAIチップに強みを持てる。こうして、早く買収した企業はどんどん強くなり、それ以外の企業はどんどん後れを取ることになってしまう。このような、最先端のチップを開発するスタートアップを買収する日本企業がないことに懸念を感じている。
さらに、人間の脳の仕組みを模したニューロモーフィックチップの開発も既に始まっている。Intelの「Loihi」やIBMの「TrueNorth」などだ。米国とカナダでは、このニューロモーフィックチップのスタートアップも立ち上がっている。
例えば米Rain Neuromorphics(Uzzaman氏は、同社の最初の投資家である)は、10億個のニューロンに相当する処理能力を持つチップを開発した。人間の脳には約860億個のニューロンがあるといわれているので、Rain Neuromorphicsのチップは、人間の脳の86分の1に相当する処理能力を備えているということだ。日本の半導体企業も、例えばこのような会社に投資して、次世代コンピュータ向けのチップ開発を進める必要があるのではないか。どんどん投資をして、ニューロモーフィックチップのノウハウを蓄積し、新しいビジネスにつなげなくてはいけない。
ニューロモーフィックチップのスタートアップはちょうど出始めたばかりであり、スタートアップ誕生のピークは2023〜2024年あたりまで続くのではないかと見ている。
――まさに今が、投資を始めるタイミングということですね。
Uzzaman氏 量子コンピュータでも、スタートアップが活躍している。カナダのD-Wave Systemsや米国のRigetti Computingがその一例だ。AWSは2019年12月、D-Wave SystemsやRigetti Computing、米IonQが開発した量子コンピュータを利用できるサービス「Amazon Braket」を発表した。量子コンピュータは既に“使える状態”になっているのだ。
学会に行っているだけでは時代遅れに
Uzzaman氏 多くのプライベートファンドを運用しているVCとして日本のエレクトロニクス関連企業に伝えたいのは、2000万円でも5000万円でもいいからどんどん投資をして、スタートアップと関係を築いていけば、自分たちでやらずとも次世代の半導体技術に手が届くということだ。
「学会に出席していれば大丈夫」と思っている方は多いが、そうではない。優秀なベンチャーは、そのような学会に行っている時間はない。だから、カンファレンスにばかり参加していては、筋のいい技術を持つベンチャーとは出会えないのだ。それを肝に銘じてほしい。学会で論文を見ることは、もちろん大事だが、そこで「最先端の理論やアプローチに出会えた」と満足してしまったら、すぐに時代遅れになってしまう。現実的に“使えるモノ”を作っているのは、ペーパー(論文)ではなくて、会社だ。ベンチャーだ。だから、多くのベンチャーが出展するイベントに足を運んだり、ベンチャーそのものに興味を持ったりしてほしい。テクノロジーをけん引しているのはベンチャーなのだ。
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