直径2.3nmの新構造形状磁気異方性MTJ素子を開発:150℃でも高い熱安定性を維持
東北大学の研究グループは、直径が原子10個程度(2.3nm)と極めて小さい磁気トンネル接合(MTJ)素子を開発した。150℃の高温環境でも高いデータ保持特性を維持し、10ナノ秒という高速低電圧動作が可能なことも確認した。
10ナノ秒という高速低電圧動作も実現
東北大学材料科学高等研究所の陣内佛霖助教と電気通信研究所の五十嵐純太博士後期課程学生、深見俊輔教授および、大野英男教授(現総長)らによる研究グループは2020年12月、直径が原子10個程度(2.3nm)と極めて小さい磁気トンネル接合(MTJ)素子を開発したと発表した。開発した素子は、150℃の高温環境でも高いデータ保持特性(熱安定性)を維持し、10ナノ秒という高速低電圧動作が可能なことも確認した。
高速動作が可能な不揮発性メモリとして、スピン移行トルク磁気抵抗メモリ(STT-MRAM)が注目され、既にSTT-MRAMを用いた製品の量産も始まっている。このSTT-MRAMでデータの記憶を担うのがMTJ素子である。現行のSTT-MRAMは、研究グループが2010年に開発したCoFeB/MgO積層構造の「界面磁気異方性MTJ」が用いられているという。ただ、この方式は「MTJサイズが直径20nm以下になると十分なデータ保持特性を維持できない」など物理的限界があった。この課題を解決するため、2018年には「形状磁気異方性MTJ」を提案した。この方式も磁性層の膜厚が厚いと信頼性が低下するという新たな課題も生じた。
そこで今回、形状磁気異方性に加えて静磁気結合を利用する新たな構造を開発した。これによって、直径2.3nmまで微細化しても、高温でのデータ保持特性を維持し、高速低電圧での磁化反転などが可能となった。
従来の素子構造はCoFeB磁性層が一層である。これに対し開発した新構造は、CoFeB磁性層の間にMgO層を挿入する。これにより、形状磁気異方性に加え界面磁気異方性を増大させることができるため、素子のデータ保持特性を維持しながら、磁性層膜厚を薄くしても信頼性は低下しないという。
新たな構造を形状磁気異方性MTJに適用するには、MgO挿入層で隔てられた磁性層の磁化が同じ方向を向く必要がある。MgO層を挿入したことによる磁性層間の結合と界面磁気異方性の増大は、一般的にトレードオフの関係にあるという。ところが、試作したMTJ素子で磁性層同士の結合を評価したところ、MTJサイズが小さくなれば、静磁気結合が作用して大きな界面磁気異方性と強い磁気結合を両立できることが分かった。
そこで研究グループは、静磁気結合した積層磁性体を用い、形状磁気異方性MTJ構造の素子をシリコン上に作製した。素子には現行と同じCoFeB/MgO材料を用いるとともに、成膜や加工プロセスの条件を最適化することで、直径2.3nmまでの微細化を可能にした。
作製した素子特性を評価した結果、直径3.5nmのMTJ素子では、室温における熱安定指数が「80」を満たした。これは主な用途で必要となる値だという。直径7.6nmのMTJ素子では、150℃の高温環境で熱安定指数は「70」を上回ることが分かった。情報書き換え特性に関しては、直径5nm以下(最小直径3.5nm)のMTJ素子で、印加電圧1V以下の電圧パルスによる磁化反転を室温で実現したという。
左は新構造と従来型の形状磁気異方性MTJ素子における、室温での熱安定性指数とMTJ素子直径依存性の関係、右は直径が一桁ナノメートルの新構造形状磁気異方性MTJ素子における熱安定性指数の温度依存性 出典:東北大学
さらに、直径7.6nmのMTJ素子では、10ナノ秒という高速動作を確認した。DRAMなどのようにワーキングメモリとして応用することが可能である。また、静磁気結合積層構造の形状磁気異方性MTJ素子は、従来型界面磁気異方性MTJ素子に比べて、電流による磁化反転の効率が3倍以上高くなることも分かった。
研究グループによれば、新構造のMTJ素子は現行と同じCoFeB/MgO材料を用いるため、既存設備で製造することができる。しかも、MgO挿入層の枚数や各CoFeB層の膜厚を個別に制御できるため、さまざまな用途に対応するMTJ素子の設計が可能になるという。
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