半導体不足という「有事」が問うニッポン半導体産業のあるべき姿:大山聡の業界スコープ(39)(3/3 ページ)
2021年2月6日付の日本経済新聞1面に「半導体『持たざる経営』転機 有事の供給にリスク」という記事が掲載された。昨今はこの記事以外にも半導体業界に関する記事が注目を集めているようで、この業界に長らく関わっている筆者としてもありがたいことだ。ただ、半導体業界関連の記事をよく読んでみると「そうかな?」と首をかしげる記事も少なくない。冒頭に挙げた記事も、分かりやすく簡潔にまとまっているように見えるが、逆にまとまり過ぎていて、筆者の主張したいことが多々こぼれ落ちているように読めた。そこで、今回は半導体産業のあるべき姿について、私見を述べさせていただくことにする。
自社/自国生産だけではない「有事」への対処
全世界がコロナ禍にあることは確かに「有事」であり、これに伴ってクルマの需要が激減、急回復と変動し、半導体業界にも影響を及ぼしたことは事実である。ルネサスには「自社生産への切り替え」という選択肢があった。一方、NXPとSTMにはそれがなく、明暗を分けたかもしれない。では、NXP、STMという欧州2社はこれから自社生産の準備をするかと言えば、そうではない。UMCやSMICなどTSMC以外のファウンドリーとの交渉を重要視するだろう。両社は、業界全体としてTSMCへの依存度が高すぎること、そしてTSMCが車載を主要アプリケーションとしていないことを知りつつ、今回のような事態を回避できなかった。そのため、今回の教訓を生かして、製造委託先の選定については、熟慮するはずである。「自社工場を持たない経営に転機が来る」と言うことは、製造委託戦略の立て直しも含めた議論が必要なのである。自社あるいは自国での生産にこだわることが全てではない。
確かに、米国や中国の政府は半導体の国産強化を模索しているし、日本政府も国内生産への支援策を打ち出している。しかしこれらの国策をひとくくりにして語るわけにはいかない。それぞれの国/地域が抱える事情が異なるので、注意深く分析する必要がある。
米国はTSMCのアリゾナへの最先端工場誘致を決めたが、これには2つの要因が関係している。詳しくは以前の記事(=Intelのファブレス化を見据えている? 半導体に巨額助成する米国の本当の狙い)を読んでほしいが、1つの要因はIntelの最先端プロセス開発がTSMCやSamsungに後れを取っており、放置すれば米国内に最先端プロセスがなくなってしまう危険性があること。2つ目の要因は中国が台湾を支配下に置きTSMCの事業内容にまで口を出すようになった場合のリスクを考えて、米国での生産を実現化した、というのが筆者の考えである。
これに対して中国は、やはりTSMCの持つ最先端技術を中国国内に取り込みたいし、メモリやパワー半導体の分野でも国産化を進め、中国国内に半導体技術を定着させたい、という国策がある。ただし国策のためには手段を選ばないような強引な一面もあり、違法コピーや特許侵害なども珍しくないという。中国は常に「有事」の体制で国産化に取り組んでいるようにも見え、こうした中国の積極的な姿勢が米国の対応を過激化させている、と言えなくもない。
問われる日本半導体産業のあるべき姿
そして日本でも半導体産業の重要性を再認識すべきだ、というコメントが経産省の要人などから発せられるようになったが、米中のような派手な支援策はみられない。2020年11月に「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」として総額2478億円が146件の事業に割り当てられたが、この中に含まれた半導体関連事業は数件だけだった。この補助金とは別枠で半導体産業への支援が用意されているという話もあるが、具体性に乏しく、日本政府が半導体産業をどのように支援したいのか、シナリオが固まっているようにはみえない。筆者としては、2020年9月の記事(=日本の半導体業界にとって“好ましいM&A”を考える)でも述べたように、アナログICやディスクリート製品に注力している日系半導体メーカーに視点を当て、日本の半導体産業のあるべき姿を目指して支援策を立てるのが効果的ではないか、と考えている。
日本政府の中にも半導体産業を重要視する意見が存在するのは、非常に喜ばしいことだと思う。ただ、理想と現実のギャップが大きすぎるのか、民間企業の半導体への熱意が足りないのか、「このままでは有効策を打ち出せないのでは?」という不安がつきまとう。今後人工知能(AI)/モノのインターネット(IoT)が普及すれば半導体の役割はますます重要になる。このことを考えると、「熱意が足りないから仕方ない」では済まされないのだ。日本半導体産業のあるべき姿を議論しながら、国策でできること、すべきことを考えることが必要なのではないだろうか。その際には、何らかの形で筆者も関与させていただきたいものである。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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