第一原理計算で結晶の性質を解析する手法を開発:ニューラルネットワークを活用
理化学研究所(理研)と大阪大学の共同研究チームは、ニューラルネットワークを用いて、固体結晶の電子状態に関する第一原理計算を、精密に行うことができる新たな手法を開発した。
「基底状態」と「バンド構造」の計算方法に焦点
理化学研究所(理研)開拓研究本部Nori理論量子物理研究室の吉岡信行客員研究員(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻助教)とフランコ・ノリ主任研究員および、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの水上渉特任准教授らによる共同研究チームは2021年5月、ニューラルネットワークを用いて、固体結晶の電子状態に関する第一原理計算を、精密に行うことができる新たな手法を開発したと発表した。
共同研究チームは今回、固体結晶の性質などを予測する上で重要といわれる、「基底状態」と「バンド構造」を調べるために必要な計算手法の開発に取り組んだ。基底状態とは、決められた原子配置に対し、結晶全体のエネルギーを最小化させる電子状態のことである。一方、バンド構造とは固体結晶の電子が持つエネルギーと運動量の関係である。ただ、これまでの計算手法だと、膨大な計算量を必要としたり、計算が困難であったりしたという。
今回は、基底状態を調べるためにニューラルネットワークを用いて、電子状態を与える多体波動関数を近似させる新手法を開発した。これによって、計算量を大幅に削減しつつ、厳密な計算手法に対して「化学精度」と呼ばれる近似精度を達成できたという。新手法は、電子相関の強い領域でも有効であることが分かった。
バンド構造を調べるために注目したのは、「固体結晶中の励起が、電子やプラスの電荷を持つ正孔による1粒子近似によって本質的に規定される」という点である。これに基づけば、探索すべき空間を大幅に制限できるという。実際に、基底状態を記述したニューラルネットワークで得られる励起部分空間を活用し、ポリマー系のバンド構造が計算できることを実証した。
共同研究チームによれば、新たに開発した手法を用いると、電子相関が強い物質(水素鎖)や、高速情報処理デバイスの材料となる物質(グラフェン)でも、高い精度でシミュレーションが可能だという。
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