「CHIPS for America Act」、無用の長物を生み出す恐れ:過去の失敗を繰り返さないため慎重に検討を(3/3 ページ)
今後10年間で米国半導体業界を再生すべく、520億米ドルを投入する法案「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)for America Act」が、米国上院で可決された。現在はまだ、下院による承認を待っているところだが、ここで一度、この法案が、米国の国内製造への投資を奨励していく上で最も効果的な方法なのかどうか、じっくり検討すべきではないだろうか。
巨額援助を続けながらリーダーシップを失った米国の問題
このように気前良く資金を提供してきたにもかかわらず、米国が世界半導体市場におけるリーダーシップを失ったということは、米国メーカーにおいて金融工学が重要視され過ぎたといえるのではないだろうか。こうした米国メーカーの大勢の上級幹部や、SIAのディレクターたちが、最近バイデン大統領に宛てたCHIPS Actを支持する書簡に署名したのである。
米国は、政府が投資において中心的な役割を担うことにより、最先端技術分野において世界的リーダーの座を獲得してきた。しかし、政府投資が成功を収めたのは、大手企業が参加した場合のみに限られている。国家的な半導体産業を構築するためには、520億米ドルをはるかに上回る投資金額が必要であり、おそらくそれは一国の政府だけで支払えるような額ではない。米国政府は、無用の長物を生み出さないよう注意する必要がある。
政府と民間企業との協業は、関連企業が“利益確保と再投資(retain-and-reinvest)”状態にある場合に、成功に向けた絶好のチャンスを得ることができる。企業が利益を確保した上で、生産能力への再投資を行うということだ。Lazonick氏によると、現在のところまだ多くの技術メーカーが、“優位性確保と分配(dominate-and-distribute)”状態にあるという。これは、過去に確立した強さに基づいて、業界における優位性を確立しているが、収益の分配に関しては株主を最優先しているという状況である。
米国議会は、CHIPS Actを可決するにあたり、難しい課題に直面している。SIAやSIACから、「メンバー企業がこの先10年間、株式買戻しを行わないようにする」という誓約を取り付ける必要があるのだ。
「不正利得を許可するライセンス」の存在
長期的には、議会は、「Securities and Exchange Commission Rule(米国証券取引委員会規則)10b-18」を廃止して買戻しを阻止すべきだろう。この慣行があるために、企業は自社株の買戻しや消却に大金を投じることができる。発行済み株式を減らすことにより、株価を大きく押し上げることが可能なためだ。
Lazonick氏はこの10b-18を、「不正利得を許可するライセンス」と呼ぶ。
企業にとって10b-18規則は、公開市場における自己株式取得(OMR:Open Market Repurchase)として株式買戻しを行う際の、“セーフハーバールール(安全港の規則)”となっている。いかなる取引日においても、OMRが過去4週間にわたって一日平均出来高(ADTV:Average Daily Trading Volume)の25%を超えていなければ、株価操作の罪を問われることはない。つまり“セーフハーバー”とは、「企業がADTVの25%の範囲内でOMRを行うのであれば、株価操作の罪には問われないということが自動的に推定される」ということを意味する。
Lazonick氏は、「企業の上級経営者たちは内部情報を持っていて、ヘッジファンド経営者たちは企業がOMRを行うタイミングを知っている。このような上級経営者とヘッジファンド経営者はいずれも、自社の実現利益を押し上げるべく、保有している株式の売買を行うタイミングを決定する立場にある」と述べる。
政府が、工場建設のために数十億米ドル規模の投資を行ったとしても、成功する保証は全くない。むしろ、“投資に貢献するような環境を作るための投資”になるのではないだろうか。日本政府とTSMC、ソニーが最近、工場建設のための合弁事業を開始したところだが、これは巨大な投資リスクを分散するための優れた手法だといえる。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- Micron、今後10年で1500億ドルを投資へ
Micron Technology(以下、Micron)は2021年10月20日(米国時間)、最先端のメモリの研究開発および製造に、今後10年間で1500億米ドル以上を投資する計画だと発表した。米国の工場を拡張する可能性もあるとする。 - 欧州が欧州半導体法「European Chips Act」の策定へ
欧州委員会委員長であるUrsula von der Leyen氏が2021年9月15日(現地時間)、一般教書演説の中で、「European Chips Act(欧州半導体法)」の策定に関する発表を行った。中国政府が半導体イノベーションに数十億米ドル規模の資金を投じていることや、米国議会が半導体の戦略的価値について合意に達したことなどを受け、EUは、主体的な最先端技術の実現を目指す法案を策定し、競争に参入していく考えを表明した。 - 米政府、半導体のR&Dに520億ドル投入へ
2021年6月8日(米国時間)、米国上院が520億米ドルを国内の半導体研究/製造に割り当てるという画期的な法案を可決した。それにより、米国による半導体製造の“国内回帰”の取り組みへの焦点は下院へと移った。 - 業界支援に500億ドルを投入する米国が直面する課題
半導体業界の重役らは非常に大きな問題を共有している。それは、バイデン大統領が大統領命令の中で約束した支援金500億米ドルの優先順位をどのように決めるかという問題だ。 - 米議員、半導体強化に向けた2つ目の法案を提出
2020年6月25日(米国時間)、米国の上院議員から成るグループが、国内の半導体産業を復興させるための法案をさらにもう一つ提出した。 - 米国製造業の国内回帰、活発化の一方で疑問の声も
米国の半導体製造の復活に向けて補助金の水準や研究資金の割り当て方法を検討する議会が開催される中、連邦政府の助成金と税控除を受けるためのロビー活動が活発化している。ただし、米国の半導体製造の復活に向けた取り組みは超党派から支持を得ているにもかかわらず、観測筋からは、「米国の工場新設に助成するよりも、次世代半導体技術に焦点を当てた研究の方が投資対象として優れている」という見解が示されている。