東北大学、新たなリチウム蓄電池正極材料を合成:特定レアメタルだけに依存しない
東北大学は、特定のレアメタルだけに依存しないリチウム蓄電池正極材料の合成に成功した。同時に、合成した正極材料の充放電時における劣化機構についても詳細を明らかにした。
合成した正極材料の充放電時における劣化機構も解明
東北大学金属材料研究所の河口智也助教、卞篠(Bian,Xiao)氏(東北大学大学院工学研究科修士課程学生)および市坪哲教授らは2022年4月、特定のレアメタルだけに依存しないリチウム蓄電池正極材料の合成に成功したと発表した。同時に、合成した正極材料の充放電時における劣化機構についても詳細を明らかにした。
電気自動車に搭載されるリチウム蓄電池の正極材料としては、LiMO2(Mは遷移金属)といった層状岩塩型構造の材料を用いるのが一般的だという。この結晶構造を一種類の遷移金属で構成できる元素はNi(ニッケル)やCo(コバルト)、Cr(クロム)の三元素に限られていた。
一方、金属材料工学の分野で注目されているのが「ハイエントロピー合金」。5種類以上の金属元素をほぼ等量混合し、混合エントロピーの利得を高めることで、本来なら混ざり合わない元素を混合した合金である。
そこで研究チームは、ハイエントロピー酸化物正極材料について、その実現可能性を探ることにした。実験では、LiMn1/3Co1/3Ni1/3O2(MCN、擬三元系)を化学組成の基礎とし、これにCrやFeを添加したLiCr1/4Mn1/4Co1/4Ni1/4O2(CMCN、擬四元系)および、LiCr1/5Mn1/5Fe1/5Co1/5Ni1/5O2(CMFCN、擬五元系)を合成することに成功。これらの正極特性を評価した。
これらの物質は、層状岩塩型構造を持たない元素を多く含んでいる。ところがCMCNとCMFCNの両方から層状岩塩型構造を有する物質が得られたという。また、充放電試験によって、物質に対し可逆的なLiの挿入/脱離を確認、正極材料として利用可能なことが分かった。一方で、繰り返し充放電を行うと、従来の材料とは異なる、2種類の劣化挙動を示すことが分かった。
劣化挙動の原因を解明するため、充放電後における電極のX線回折測定による「結晶構造解析」や、X線吸収分光測定による「遷移金属の価数・局所構造解析」などを行った。詳細な解析の結果、サイクル劣化は遷移金属が移動することで、Liの再挿入を阻害していることを明らかにした。しかも、サイクル数によって2種類が存在することも分かった。
その1つは、「Rapid degradation」と呼ばれる「急速な容量劣化」である。最初の数サイクルで進行し、Mnなど遷移金属カチオン(陽イオン)が酸素配位八面体のLiカチオンサイトへ移動する、「カチオンミキシング」に起因するという。もう1つは、「Slow degradation」と呼ばれる、数十サイクルに及ぶ「緩慢な劣化」である。CrやFeが、元の八面体からLi層内の四面体サイト間に移動し蓄積することで、Liの再挿入が阻害された結果だとみている。
さらに研究チームは、合成したCMCNとCMFCNの昇温時における結晶構造を高温X線回折測定で解析した。この結果、CMCNは1000℃、CMFCNは850℃において層状岩塩型構造から不規則岩塩構造へと相変態する「規則・不規則変態」を観測した。このことはハイエントロピー化によって、高温における相の安定性が向上した結果だとみている。
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