これからの自動車を支える日本の半導体産業とは:大山聡の業界スコープ(58)(2/2 ページ)
今回は、半導体業界にとって主要なアプリケーションの1つである自動車業界を例にとって、日本の半導体関係者が着眼すべきポイントについて、述べたいと思う。
水平分業のサプライチェーンが形成されるのは時間の問題
こうして整理してみると、CASEに伴う車載半導体業界への影響は、「A」と「E」が大きな影響をもたらそうとしていることが分かる。自動車メーカー各社も、新車の開発において、この2つをバラバラに推進するのではなく、どのように同期をとって推進すべきか腐心しているのは明らかだろう。この2つは、今後のクルマを評価する上で極めて重要な項目であるにもかかわらず、自動車メーカー各社の社内リソースだけではカバーできない、という厄介な代物でもあるのだ。では誰をパートナーに選ぶのか、必要な技術や部品をどうやって調達するのか。この業界に新たな水平分業のサプライチェーンが形成されるのは時間の問題だと思われる。
分かりやすい例を挙げれば、Appleが2024年にEV市場に参入する、という計画を立てている。電話機など作ったことのなかったAppleがiPhoneを市場に投入したことで、携帯電話業界に大きな影響を与えたのは2007年、今から15年ほど前のことである。Appleは自動運転に不可欠なAIプロセッサも自社内で開発しており、半導体はTSMC、EV完成品は鴻海精密工業(以下、鴻海)に生産委託する予定らしい。
鴻海といえば、世界最大のEMS企業として大きな実績を挙げているが、2023年からEVの量産を開始すべく、着々と準備を始めている。新たに1200社を超える世界中のサプライヤーからEV用部品を調達する契約を締結しており、この中には日本電産や村田製作所なども含まれているという。2027年までにはEV生産において世界シェア10%を目指すとし、今まで自動車業界では全く実績のなかった企業たちが一気に参入しようとしているのである。従来の自動車業界が培ってきたサプライチェーンとは全く異なるものが、一大勢力となってわれわれの目の前に現れようとしているのだ。
ここまで紹介してきたのは、自動車業界における変化の一部分に過ぎないが、大局的にみても、これに類似した事例が世界中で発生しようとしている、と考えるべきだろう。トヨタ、ホンダ、日産に代表される日本の自動車メーカー各社は、世界市場においても強い存在感を示しているが、Appleや鴻海など新勢力の参入、「A」「E」を実現するために必要なパートナーとの提携など、今後の戦略立案に避けて通れない検討事項は山ほどある。では、そのような環境を前提として、日本の車載半導体産業はどうあるべきなのだろうか。
注目すべきは世界最大のEV市場・中国
すでに車載半導体分野である程度の実績を挙げている企業も、これから本格的参入を考えている企業も、「A」や「E」がもたらす変化を十分に考慮した上で、新勢力の動向、世界最大のEV市場である中国の動向を確認されることを勧めたい。日本の自動車メーカーとは異なる視点を確認しておくことは、CASEの混沌(こんとん)とした状況下では極めて重要である。
特に中国では、米国との関係が悪化してから、日系企業との親密な関係構築を求める声が多く聞かれる。例えば、EVに不可欠なパワー半導体を中国で量産するには、国内の知見も経験も不足しており、日系企業のサポートが強く望まれている。リチウムイオン電池の保護に必要なIC技術に対しても強いニーズがある。電子部品やさまざまな部材についても、日系企業に期待する声は非常に強い。
経産省も主張しているように、特定の国や地域の中で半導体技術を完結させることなどもはや不可能で、グローバルにパートナーを求めることが当たり前の時代になっているのである。
繰り返すようで恐縮だが、筆者としては日本の半導体メーカーに対して、国策としてEVを推進する中国市場にもっと積極的にアプローチすることが重要であると考えている。この市場には、少なくとも今までの世界自動車業界とは異なる価値観や常識が存在するはずで、同時にそこに大きなビジネスチャンスも存在するだろう、と考えられるからである。
経産省としては、筆者のような主張を全面的には推進しにくい立場かもしれないが、少なくとも米国にソンタクしすぎたり、日系企業の中国アプローチに水を差すような動きだけは避けていただきたいと思う。むしろ、両国にプラスになると確信できるような案件であれば、TSMCを熊本に誘致したときのような行動力で日系企業をサポートしてもらいたい、というのが筆者の本音である。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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