半導体不足は解消傾向も、受注残と戦う自動車業界:大山聡の業界スコープ(68)(2/2 ページ)
半導体不足の問題は、2023年前半には解消傾向にある。しかし、自動車業界では「半導体不足は解消した」と実感している方はまだ少数派のようだ。現状として何が起こっているのか、改めて整理しておきたいと思う。
受注残が「不足感」の原因か
パワートランジスタ以外の車載半導体については、一時はMCUやアナログICなども不足していたが、半導体商社の各社に確認してみると、いずれも納期が正常状態に戻りつつあるようだ。最もひどいときは、「1年先でも納品できる保証はない」、あるいは「新規受注は当面受け付けない」などと言われていたので、そのような事態からは解放された、ということだろう。ちなみに、車載ICの2023年1〜6月までの出荷合計は、車載アナログが前年比28.9%増、車載MCUが同25.1%増、車載ロジックが同24.8%増。いずれも金額ベースで20%以上の成長率を維持している。そもそも2022年、世界半導体市場が前年比3.2%増であったのに対し、車載半導体は同20.3%増を記録した。そしてこの高成長は、半導体市場全体がマイナス成長に落ち込んでいる現在も継続しているのである。
2021年、2022年と、自動車メーカー各社は計画通りの生産を実現できず、結果として過去に経験したことのないような大量の受注残を抱えているはずだ。受注を超える生産を行わないと、受注残は減らない。この状況下で半導体を調達しているのであれば、「不足問題は解消した」とはなかなか実感できないのかもしれない。筆者のような半導体業界人から見れば、不足していた半導体製品の納期が正常化しつつある現在、不足問題は解消したはずだ、と主張したくなるのだが、受注残と格闘している自動車業界では、まだ予断を許さない状況なのだろう。
アナログ無線IC不足は継続
細かいことではあるが、クルマのスマートキー(電子キー)は今でも納品に時間がかかっているようで、例えばトヨタはクルマの納品時にスマートキー1個、メカニカルキー1個の納品で対応し、2個目のスマートキー納品は「順次」としているという。スマートキーには、極めて汎用性の高いアナログ無線ICが搭載されていることは、前出の記事でも述べた。世界中の至る所にユーザーがいて、「入手困難なら多めに早めに発注しよう」という仮需が発生しやすい半導体製品でもあるのだ。
身近な例で言えば、交通系ICカードにも内蔵されている。最近では一部の交通系ICカードも、半導体不足で販売を中止する、と報道されている。アナログ無線ICは他にもさまざまな用途で活用されているICであり、あちらこちらで不足問題が発生している可能性は十分にあるだろう。将来的にはRFID(無線通信を活用したタグ)のキーデバイスとしても期待されていて、増産を計画している半導体メーカーは少なくないはずだ。今すぐに不足問題が解消されるかどうかは分からないが、交通系ICカードの例で言えば、多くのユーザーはカードを入手するよりも、スマホのアプリとしてインストールして使う方が手軽なので、カード向けの需要は今後も増えない可能性がある。クルマのスマートキーにしても、スマホで代用することが今後は増えるのではないだろうか。いずれにしてもこの不足は、あまり大きな問題には発展しないのではないか、と筆者は予測している。
メモリ市況は大きく改善
なお、半導体市場全体に関して言えば、2023年6月にメモリ市況が大きく改善していて、ボトム期を脱したのではないか、と見ることができる。スマホ、PC、データセンター関連にポジティブなニュースが乏しい現在、あまり楽観視することはできないが、メモリやMPUの在庫調整が終わったのであれば、今後の回復に期待したいところである。
車載半導体不足は“良いキッカケ”に
話を自動車業界に戻すと、今回の車載半導体不足の問題は、「何が足りていて何が足りないのか、そしてそれはなぜなのか」という状況を確認したり、「サプライチェーン上の課題を浮き彫りにした車載半導体市場の実態」を把握したりする良いキッカケになったと筆者は痛感している。足元の問題は確実に収束に向かう一方で、中長期的にはCASE(コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)の進捗に伴う自動車業界の変革、さらなるサプライチェーンの変化、などが待ち受けている。自動車業界における半導体の役割は今まで以上に重要になるだろう。各社の経営戦略もより複雑化する可能性が高い。筆者としては、各社の戦略立案に少しでもお役に立てることを願っている。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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