「超省電力」実現の鍵、スピントロニクス半導体の最前線を聞く:LSIの消費電力を100分の1以下に(3/3 ページ)
東北大学では、スピントロニクス半導体の研究が活発に行われている。ロジックLSIの消費電力を100分の1以下に削減できるスピントロニクス半導体は、さまざまなシステムの低消費電力化に大きく貢献すると期待されている。同大学の国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES) センター長 兼 スピントロニクス学術連携研究教育センター 部門長の遠藤哲郎教授に、スピントロニクス半導体の特長や活用について聞いた。
AIプロセッサ、更にはMRAMの宇宙応用を目指して
――直近では、どのような研究をされているのでしょうか。
遠藤教授 2年半ほど前からJAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で、宇宙空間の放射線環境下でも正常動作する超省電力耐環境システムの研究開発に取り組んでいる。
通常の半導体を用いたメモリでは、85℃環境でのデータ保持は約10年といわれている。対して、スピントロニクス半導体を用いると、150℃の高温環境下で1000万年、200℃では10年使える。高温環境下でも活用できることから、ロケットに搭載する断熱材の量を半分以下に削減し、軽量化およびスペース確保を可能にする。対放射線性については、現在、小惑星探査機「ハヤブサ」などに搭載されているSOI(silicon on insulator)技術と比較して約100倍の性能を持つ。これにより、機体の壁を100分の1に薄型化できるため、耐放射線性の観点からも軽量化/スペース確保に貢献できる。
今後も、JAXAとの連携で、宇宙空間でのMRAMの耐環境性能の実証実験を進めていく予定だ。現在、地上でのテストでは問題ないことを確認している。
AIチップに使われるプロセッサの開発も行っている。Google製品などに使われている既存のAIプロセッサと同じ演算性能で比較すると、消費電力を約2000分の1(50mWを30μW)に削減できる。これにより、現在はクラウドに転送して行っているAI処理を、エッジで行えるようになる。クラウドへのデータ送信やクラウドでの処理で消費しているエネルギーを削減できるので、デバイス単体で削減できる消費電力以上の効果が見込める。これがまさにデジタルシフト、社会変革だ。
――今後は、どのような分野で活用が進みそうですか。
遠藤氏 まずは車載分野への応用が期待されている。耐環境性にも優れるスピントロニクス半導体は、より厳しい仕様が求められる車載半導体にも適している。車載分野で実績ができれば、その後はデータセンターで爆発的に活用されるようになるだろう。2030年には、MRAM市場が数兆円規模になるといわれている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「半導体業界で世界のハブになる」東北大総長 大野英男氏
東北大学は2023年9月、「国際卓越研究大学」の認定候補に選定された。今回、東北大学の総長を務め、スピントロニクス半導体研究の第一人者でもある大野英男氏に、21世紀の研究大学のあるべき姿や、半導体業界発展のために必要な取り組みについて聞いた。 - 東日本大震災からの復興の象徴に――次世代放射光施設「ナノテラス」にかける思い
世界最高レベルの高輝度放射光施設として注目を集める「NanoTerasu(ナノテラス)」。2024年4月の本格稼働を前に、ナノテラス実現の立役者である東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 高田昌樹教授に、ナノテラスの概要や誕生の背景を聞いた。 - 東北大学、巨大な磁気抵抗を示す磁性材料を発見
東北大学は、巨大なトンネル磁気抵抗効果を示す準安定の磁性材料を発見した。開発した材料素子は5K(−268.15℃)で磁気抵抗比が1000%以上となった。 - 偏光空間構造を用い、スピンの空間構造を直接生成
東京理科大学と千葉大学、東北大学、筑波大学の研究グループは、ラゲールガウシアンビームの一種である「ベクトル光渦」と呼ばれる偏光の空間周期構造を、スピンの空間周期構造として半導体量子井戸中へ直接生成することに成功した。 - 超伝導状態にある物質の電子状態や磁性状態を制御
東北大学らによる研究グループは、超伝導体である2セレン化ニオブ(NbSe2)の劈開表面に、コバルト(Co)原子を層間挿入することで、超伝導状態にある物質の電子状態や磁性状態を制御することに成功した。 - 磁性メタマテリアルを用いた光源の新原理を提案
東北大学の研究グループは、6G(第6世代移動通信)システムに向けて、磁性メタマテリアル(磁石を用いた人工構造物質)を用いた光源の新原理を提案した。この技術を応用すれば、ミリ波やテラヘルツ光への周波数変換が可能となり、室温動作の小型光源を実現できるという。