疎水性イオンで電極触媒の活性と耐久性を両立:白金電極表面の粗面化を抑制
千葉大学と高輝度光科学研究センターの研究チームは、燃料電池や水電解に用いられる白金(Pt)電極に対し、電解液中のイオンが表面の粗面化や溶出に影響を及ぼしていることを明らかにした。今回の成果は、白金の反応活性の向上や燃料電池の耐久性、コスト削減につながるとみられている。
原子位置交換の起こりやすさは、陽イオンの親水性と密接に関係
千葉大学と高輝度光科学研究センターの研究チームは2024年3月、燃料電池や水電解に用いられる白金(Pt)電極に対し、電解液中のイオンが表面の粗面化や溶出に影響を及ぼしていることを明らかにした。今回の成果は、白金の反応活性の向上や燃料電池の耐久性、コスト削減につながるとみられている。
白金は耐腐食性に優れており、電極触媒として燃料電池や水電解に用いられている。しかし、燃料電池で起動と停止を繰り返すと、白金の溶出や凝集が起こり、発電性能は徐々に低下するという課題があった。
白金が溶出する理由としては、燃料電池が起動と停止を繰り返すことで白金の電極電位が変動。これで正電位になれば水と反応し、白金表面に水酸基や酸素原子が吸着。そして、白金原子と吸着酸素の原子位置が変わる原子位置交換が発生。その結果、白金は電極電位を負電位側に還元し容易に溶出する、と考えられている。
研究チームは今回、白金表面から少し離れた位置にあるイオンに着目した。アルカリ金属イオンでは、半径が小さいリチウム(Li)イオンだと、水との親和性が強く親水性となる。これに対し、カリウムイオンやセシウムイオンは親水性が弱い。アルキルアンモニウムイオンは強い疎水性となる。
そこで、さまざまなイオンを電解質に用い、大型放射光施設「SPring-8」や放射光実験施設「フォトンファクトリー(PF)」を活用して表面X線回折を行い、白金表面の構造を決めるとともに、振動分光法により表面酸化物を調べた。
これまでの研究により、親水性イオンは白金の表面構造を安定化しやすいといわれてきた。ところが、疎水性のテトラメチルアンモニウム(TMA)イオンでも、高電位側において白金表面は平滑で、原子位置交換は起こりにくいことが分かった。一方、水との親和性が中程度のカリウム(K)イオンでは、より低電位から原子位置交換が起こり、白金の電極電位が変動して粗面化した。
これらのことから、原子位置交換の起こりやすさは、陽イオンの親水性と密接に関係していることが判明した。とりわけ、疎水性が強いアルキルアンモニウムイオンは、平滑な白金電極の燃料電池反応を活性化する効果もあって、活性と耐久性を両立させることができるという。
研究チームは、振動分光法を用いて「吸着酸素」と「吸着水酸基」を観測した。これにより、原子位置交換の起こりやすさに、吸着水酸基と吸着酸素が関与していることを突き止めた。中程度の親水性陽イオン(K)は、吸着水酸基と相互作用する。この時、吸着酸素も存在するが、いずれも負の電荷を帯びており互いに反発する。これらの反発力を低減するため白金原子が表面から持ち上げられ、原子位置交換を促進するという。
水酸化カリウム(KOH)溶液中では白金原子の溶出や原子位置置換による粗面化のため不可逆的に回折強度が減少。水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAOH)溶液中では、回折強度が変化せず表面が平滑である[クリックで拡大] 出所:千葉大学他
今回の研究成果は、千葉大学大学院融合理工学府博士後期課程学生の久米田友明氏(現在は物質・材料研究機構)や同大学大学院工学研究院の中村将志教授、星永宏教授、高輝度光科学研究センターの坂田修身常務理事らによるものである。
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