次世代メモリ実用化に道筋、SOT-MRAMの書き込み電力を大幅削減:従来比で35%の削減に成功
東北大学は、高速データ書き込み性能など、スピン軌道トルク磁気記憶メモリ(SOT-MRAM)が有する特長を維持しながら、書き込み電力を従来に比べ35%削減することに成功した。
Canted角度などをシミュレーション技術で最適化
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)の遠藤哲郎センター長らによるグループは2025年5月、高速データ書き込み性能など、スピン軌道トルク磁気記憶メモリ(SOT-MRAM)が有する特長を維持しながら、書き込み電力を従来に比べ35%削減することに成功したと発表した。
磁気記憶による不揮発性半導体メモリ(MRAM)は、AIの利用拡大などによって生じるコンピュータのエネルギー消費を抑える技術の1つとして注目されている。これまで、スピン移行トルク磁化反転型MRAM(STT-MRAM)などが実用化されてきた。ただ、将来に向けてSTT-MRAMは、さらなる高速動作への対応が課題となっていた。
東北大学の大野英男教授と深見俊輔教授らによる研究グループはこれまで、高速領域での動作に優れたスピン軌道トルク(SOT)磁化反転作用を利用したSOTメモリ素子を開発してきた。ところが、当初のSOTメモリ素子は、「耐熱性が低くCMOSと集積化できない」「熱安定性が悪く、10年間のデータ保持ができない」といった課題があった。
このためCIESは、400℃の耐熱性を備えた材料プロセスの開発と熱安定性に優れたSOTメモリの開発に乗り出した。具体的には、2019年に55nm世代のCMOS技術を融合させたSOT-MRAM技術を開発。Canted構造のSOTメモリ素子では、10年間データ保存できる熱安定性と、0.35ナノ秒という高速書き込み動作に成功した。2020年には、このCanted構造SOTメモリ素子を用いてSOT-MRAMチップを試作、デュアルポート動作に成功していた。一方で、「書き込み動作時の消費電力が大きい」という課題があった。
そこで今回は、300mmウエハーを用いたCMOS集積回路技術を用い、これまでの性能を保ちながら、書き込み動作時の消費電力を低減するSOTメモリ素子の開発に取り組んだ。SOTメモリ素子に搭載する磁気トンネル接合(MTJ)の積層構造で制御する結晶磁気異方性と、楕円形状MTJの傾斜角度(Canted角度)については、デバイスシミュレーションを行い、最適な書き込み電力効率となる条件を求めた。
シミュレーションの結果の基づき、これまで開発してきたSOT-MRAM技術を用いてSOTメモリ素子を試作、その特性を評価した。この結果、MTJ積層構造の最適化とCanted角度を75度にすることで、10年データ保持特性(熱安定性E/kBT=70)と、外部磁場のない環境下で0.35ナノ秒というデータ書き込み性能を維持しつつ、書き込み動作の消費電力を156フェムトジュールに抑えることができた。この値は従来に比べ35%の削減になるという。
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