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TSMCはもはや世界の「中央銀行」 競争力の源泉は150台超のEUV露光装置湯之上隆のナノフォーカス(85)(5/5 ページ)

2025年第3四半期、TSMCは過去最高の売上高と営業利益を記録した。なぜ、TSMCはここまで強いのか。テクノロジーノード別/アプリケーション別の同社の売上高と、極端紫外線(EUV)露光装置の保有台数を基に、読み解いてみたい。

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TSMC1強時代は続く

 これまでTSMCは、「Appleに支えられた企業(あるいはAppleに従属する企業)」として認識されてきた。事実、2020年においてAppleはTSMCの売上の約25%を占め、先端ノードをほぼ独占的に使用する存在であった。

 しかし、2022年以降、この構造は急速に崩れた。TSMCの成長エンジンはスマホからAIへと劇的に転換し、主要顧客もAppleから、NVIDIAやAMD、さらにはGoogle、Microsoft、AmazonなどのAIプラットフォーマーへと移行したのである。

 ここで、AIが主戦場となった半導体産業においては、TSMCに対抗して、Samsung、Intel、そしてRapidusが、2nm世代の開発と量産を進めている。しかし、筆者は、奇跡でも起こらない限り、これらの半導体メーカーがTSMCに追い付くことは不可能だと考える。その根拠は明確である。

 前述の通り、TSMCの四半期売上は、7nm以降、先端ノードを立ち上げるごとにおおむね100億米ドル単位で増加してきた。これは、EUVをどれだけ導入し、どれだけ稼働させられるかが、成長を規定する決定的な要因であることを示している。

 では、各社は累積で何台のEUVを保有しているのか。

 図11に、2016〜2025年における半導体メーカー別の累積EUV保有台数の推定値を示す。ASMLがEUVの出荷を開始した2016年から2025年までの10年間で、世界累積台数は309台に達する見込みである。

図11:半導体メーカー各社の累積EUV保有台数と世界全体の合計
図11:半導体メーカー各社の累積EUV保有台数と世界全体の合計[クリックで拡大] 出所:Bank of Amerca Global Researchの推定値(2021〜2025年)と筆者の推測値(2016〜2020年)

 その内訳は次の通りである。TSMCが157台(50.8%)、Samsungが76台(24.6%)、Intelが35台(11.3%)、SK hynixが29台(9.4%)、Micronが5台(1.6%)、Rapidusが1台(0.3%)、である。

世界の“中央銀行”となったTSMC

 この数字が示しているのは、「量は質を生む」という厳然たる事実である。157台のEUVを保有すると推定されるTSMCは、装置稼働、レジストなど材料管理、パターニング最適化、歩留まり改善、TAT(Turn Around Time)短縮などにおいて、他社とは桁違いの経験値やノウハウを蓄積している。これこそが、TSMCの競争優位の核心である。

 従って、Samsungも、Intelも、Rapidusも、短期間でこの差を埋めることは不可能である。TSMC「一強時代」は今後も続くとみるべきである。

 そして、この構造は、AIを開発する企業側にも決定的な影響を与えている。Google、Microsoft、Amazon、Metaなどの競争力は、「どれだけGPUやAIアクセラレーターを確保できるか」に依存する。そして、それは同時に、「どれだけTSMCの先端ノード生産枠を確保できるか」という問いに等しい。

 つまり、TSMCの先端ノードの供給能力そのものが、国力や企業価値を左右する「新しい通貨」、すなわち計算資本(Compute Capital)となったのである。

 総括すると、TSMCはもはや単なる“半導体工場”ではない。TSMCはAI文明の心臓であり、世界の計算資源を創出する“中央銀行”になったと言えるだろう。


お知らせ

 2025年12月16日(木)にサイエンス&テクノロジー主催のセミナーを行います。講演タイトルは、以下の通りです。

『GAA覇権戦争とAIデータセンター経済圏の衝撃への羅針盤― TSMC・Samsung・Intel・Rapidus戦略と現在地 、ハイパースケーラーの札束飛び交う仁義なき争い ―』詳細はこちらをご参照ください。


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筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。


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