「人身事故での遅延」が裁判沙汰にならない理由から見えた、鉄道会社の律義さ:世界を「数字」で回してみよう(34) 人身事故(11/11 ページ)
今回、私は「人身事故に対する怒りを裁判にできないのか」という疑問の下に、裁判シミュレーションを行ってみました。そこから見えてきたのは、日本の鉄道会社の“律義さ”でした。後半では、人身事故の元凶ともいえる「鉄道への飛び込み」以外の自殺について、そのコストを再検討したいと思います。
やっぱり辛らつ、後輩レビュー
前回の続きです。
江端:「『数字に魂がこもっていない』とは、どういうことだ?」
後輩:「江端さん。私たちは世界と対峙し、そこに現われる現象を観察する研究員ですよね」
江端:「まあ、そうだな」
後輩:「自然法則を利用した技術的思想を、実体化するエンジニアですよね」
江端:「うん、まあ、そうだ」
後輩:「私たちは、その現象の説明に仮説を導入し、その仮説の正しさを数字という手段で裏を取る ―― そういう仕事をしているんですよね」
江端:「お前、一体、私をどこに連れていこうとしているんだ」
後輩:「黙っておとなしく私の言うことを聞きなさい」
江端:「……」
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後輩:「世間には、自分の思い込みを『検証することなく』、ネットで見苦しく叫び続けているだけの奴らが腐るほどいますよね」
江端:「まあ、うん。そうだな」
後輩:「そういう奴らは、持論を叫び続けているだけで、その裏(証拠、バックデータ)を取ろうとする努力を1mmもしない ―― で、江端さんは、そういうに奴らを心底、軽蔑し憎悪している、と」
江端:「初耳だよ」
後輩:「江端さんは、仮説と数字という道具を駆使して見せて『持論を叫ぶなら、ここまでやってみやがれ!』と見せつけている、と」
江端:「だから、違うってば」
後輩:「しかるに、このホームドア設置遅延の仮説検証のお粗末さは、一体何ですか!」
江端:「そこかよ!」
後輩:「一言でいって『凡庸』です。誰にでも思い付く仮説検証です」
江端:「そこまで言わんでも……」
後輩:「『水は高い所から低い所に流れる』的な仮説で検証した結果に、どれほどの価値があるというのですか?」
江端:「それが、仮説検証の常道だろう」
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後輩:「江端さんが、この連載を続けているのは、読者が『想定することもできなかった視点』からの仮説の立案と、『そんな計算方法があったのか』と驚がくするような数値の算出でしょう?」
江端:「え? そうなの?」
後輩:「『数字で世界を回してみよう』なんていう、大層なタイトルの連載を持っている以上、毎回『コロンブスの卵』のような着想で、私たちを驚かせて見せるのが、江端さんの仕事でしょうが」
江端:「毎月毎月、新しい『コロンブスの卵』を考え出すのは、コロンブス自身だって無理だと思うぞ」
後輩:「少なくとも、『ホームドア設置遅延の仮説検証』には、江端さんの渾身の仮説と計算が見えてこない。読者を倒伏せさせるようなリビドーが迸る(ほとばしる)、狂気の数字が現われてこない ―― つまり『数字に魂がこもっていない』のです」
江端:「私は、そんな数字を提供しているつもりは、サラサラないぞ」
後輩:「あのね、江端さん。江端さんは気がついていないかもしれませんが、私たちは、研究員としての江端さんの怜悧(れいり)な論理展開なんぞ、はなから期待していませんよ」
江端:「じゃあ、一体何を期待しているんだよ?」
後輩:「私たちが期待しているのは、―― 自己完結した狂気の仮説を組み上げて、その仮説の上でたった1人踊り狂い続ける『醜悪で滑稽な江端さん』―― です」
⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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