音を切り出すMEMSマイクロフォンの大きな可能性:選手同士の会話が聞こえるスポーツ中継が?(2/2 ページ)
リオンと東北大学の研究グループは2016年9月、音空間の情報をリアルに集音可能な実用レベルの64チャンネル球状マイクロフォンアレイシステムの開発に成功したと発表した。同システムにより、目的音とマイクロフォンの間に妨害音がある状況でも、目的音の抽出が可能になるという。
MEMSエレクトレットマイクロフォンとは
樹所氏によると、マイクロフォンにはさまざまな種類が存在するが、コンデンサーの原理を応用した「コンデンサー型」が一般的となっている。空気の波(音)によって変化する振動膜と電極の距離の違いを電気信号に変換する形だ。電極側には電圧を保持する必要があり、その方法によって(1)バイアス型と(2)エレクトレット型が存在している。
バイアス型は、外部から直接電圧を供給する。エレクトレット型は、電極の表面に静電気をため込むことで、半永久的に電荷を保持する。つまり、給電が必要ない。MEMSを用いたマイクロフォンは、バイアス型であることがほとんどであるいう。
「MEMSエレクトレット型は、研究自体は古くから行われているが、エレクトレット素子の扱いが難しく、安定的な製品が開発できていない。MEMSバイアス型は、外部から電圧を供給するため、回路の構成は複雑だが、半導体の進歩とともに技術レベルが進歩している。これにより、現在はバイアス型で開発する方が融通が利く」(樹所氏)
MEMSエレクトレットマイクロフォンは、バイアス型と比較して、電圧を供給するための電気回路を必要としない。そのため、雑音が少ないことに優位性がある。また、熱や湿度に強い耐環境性や小型、低コストなどの特長を持つとする。
NHK放送技術研究所との共同研究が終わり、開発を続けようとしたリオンだが、そこには1つの課題があった。「音」に関する技術を扱う同社では、MEMSを扱ったことがなく、関連する設備装置を導入するには、膨大な費用が掛かってしまうことだ。
当初は外部の工場に製造を依頼したが、自身が素人でもあることから、なかなかうまくいかなかった。突破口になったのは、文部科学省の「ナノテクノロジープラットフォーム」の支援による、東北大学ナノテク融合技術支援センターの設備利用だった。ナノテクノロジープラットフォームとは、「微細構造解析」「微細加工」「分子・物質合成」の3つの領域に応じて、大学を中心とした研究設備の共用体制を構築する事業である。
樹所氏は、「同センターは、時間単価でお金を払うことで、半導体製造装置を使用できる。私たちは素人だったが、装置の使い方、どのようなプロセスで開発するのかを教えてもらい、製品は開発できるし、人は育つといった、願ったりかなったりの状況をいただいた。同センターのおかげで、開発の大きな進展が得られたのだ」と語る。
“音を切り出す”ことに着目
MEMSエレクトレットマイクロフォンの開発が進む中で、音響に関する研究で有名な東北大学電気通信研究所先端音情報システム研究室と、補聴器以外への応用を模索し始めた。その中で、リオン社内で出たアイデアが、“音を切り出す”ことだった。
その後、実用化に向けて、リオンがMEMSエレクトレットマクロフォン、先端音情報システム研究室が球状マイクロフォンアレイシステムのアルゴリズム開発を進めた。
「今まではシミュレーションでしか確認できていなかったが、2016年春に実機を使用した実験結果として成果が得られた。そして、2016年9月14〜16日に富山大学で開催された日本音響学会秋季研究発表会で世の中に発表する形となった」(樹所氏)
冒頭で挙げた、スポーツ放送での利用はまだ遠い。MEMSエレクトレットマイクロフォンは現在、試作品である*)ことに加えて、球状マイクロフォンアレイシステムでの目的音抽出は、無響室で2台による成功だからだ。そのため、歓声が飛び交うスタジアムでの性能が保たれるか、スタジアムにおけるシステム構成(1台ごとの距離など)、搭載するMEMSエレクトレットマイクロフォン数など、残っている検討課題は非常に多い。
*)NHKエンジニアリングシステム、小林理学研究所の協力を得て、量産化に向けた研究を現在進めている。
しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで実用化されれば、スポーツ中継を盛り上げる一要素となるのではないだろうか。その大きな可能性に期待が掛かる。
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