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開き直る人工知能 〜 「完璧さ」を捨てた故に進歩した稀有な技術Over the AI ―― AIの向こう側に(14)(9/9 ページ)

音声認識技術に対して、長らく憎悪にも近い感情を抱いていた筆者ですが、最近の音声認識技術の進歩には目を見張るものがあります。当初は、とても使いものにはならなかったこの技術は、なぜそこまでの発展を遂げられたのか――。そこには、「音声なんぞ完璧に聞き取れるわけない!」という、ある種の“開き直り”があったのではないでしょうか。

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「音声認識技術」について、私たちが真っ先にすべきこと

 冒頭で、私は「英語のコミュニケーションの相手は、「人間」ではなく「機械」になる」という仮説を申し上げましたが、実際のところもっとエゲつない時代がくるかもしれません。

 自分で計算しておいてなんですが、日本の人口問題は、気が遠くなりそうなほど絶望的に深刻な問題です(「“電力大余剰時代”は来るのか(前編) 〜人口予測を基に考える〜」)。そんでもって、人口問題は、高齢社会問題、税収の問題、その他の問題と強く関連しています。

 現時点で、私が考えている現実的な解は2つです。(1)機械化と、(2)移民受け入れ条件の緩和です。

 特に上記(2)に関しては、日本の労働力を担ってくれる外国の人を大量に受けいれるしかないと思っています。特に、高齢化社会における医療、介護現場では、本当にこの手段しか残っていないじゃないかと思っています。

 しかし、日本は、外国人労働者をなかなか受け入れません。

 一例ですが、例えば、日本で「看護師をやりたい」というアジアの人は、結構な数いるようなのですが、この受け入れ数は、ものすごく少ないと聞いています。大きな理由の1つが「日本語」です。資格試験も日本語なら、実地試験も日本語で、しかも、そのトライアルの期限が非常に短い(たしか3年だったかな?)。

 しかし、これでは、最初から「受け入れを拒否」しているようなものです。特に語学に関しては、日本人であれば、(英語教育で)その難しさをよく理解しているはずです。

 一方、医療は、人命をあずかる仕事です。円滑なコミュニケーションが前提でなければ、命にかかわる問題が起こることも、確かなのですが、とはいえ「日本語が流暢(りゅうちょう)に使えることが前提」などと、ぜいたくを言っていられる時間は、そんなに残されていません


 ならば、資格試験を「英語」で統一してしまえば良いのです。フィリピン、シンガポール、インド、マレーシアからの人ならオールクリア。台湾、香港でも英語を使える人は多いそうです。

 しかし、そうなると、自然、病院でのオフィシャルランゲージが「英語」とならざるを得ません。日本人の医師や看護師、その他の業務に関しても、英語によるコミュニケーションが徹底されることになるかもしれません。

 まあ、彼らはその資質がある(のかな?)としても、最大の問題は、

患者も「英語が使えること」が前提となることです。

 英語で自分の病状を説明しなければならず、正しく説明できない場合は、自分の命が危機にさらされることになります。

 つまり、「英語が使える/使えない」によって、国内の介護・医療の品質について、差別を受ける時代がやってくる、ということです。

 「グローバル化」なるものは、実は外側(海外)に向いているのではなく、本当は、内側(国内)に向いているのではないか ―― 最近の私は、そんなことばかり考えています。


 はっきり言って、私たち「英語に愛されない日本人」の多くにとって、「英語しか通用しない病院に入院させられること」は、「絶滅収容所に収監されること」と同義……とまでは言いませんが、「英語は嫌い」だけど「介護サービスは受けたい」の両方を成り立たたせることが難しい時代になる可能性は十分にあると思います。

 しかし、発想を逆転させれば、カーナビでもゲームでもメールでも、そしてスマホの音声入力でもない、音声認識技術の新しいキラーアプリケーション ―― 医療・介護通訳 ―― の肥沃な市場が、地平線のかなたまで広がっているということです*)

*)江端の試算では、2053年に65歳以上の人口は35%に至ります(参考記事(外部媒体に移行します))

 もちろん"音声認識技術"だけでは足りず、併せて"自動同時翻訳技術"も推し進める必要もあるでしょう。

 そして、そのために、最も大切なことは「その新しい希望に満ちた老後のパラダイムを作ることができるのは、一体どこの誰か?」ということを考えることです。

 はっきり言って、ハードウェアの設計も、ソフトウェアのコーディングも、音声デバイスの開発もできないような政治家や行政庁のトップごときの意向を、忖度(そんたく)なんぞしている場合じゃありません

 皆さんが真っ先に行わなければならないこと ―― それは、

 研究員やエンジニアを、それらの研究開発に向わせるように仕向け、そして、彼らを、これ以上もないほど、リスペクトして、チヤホヤして、お世辞と追従の限りを尽して、いい気分にさせ、最大級の待遇と報酬を与え続けること ――


 これ以外に、私たち日本人の未来はありません(断言)。


⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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