技術流出疑惑が浮上? 動き始めた不正問題:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(15)(2/2 ページ)
湘南エレクトロニクスの社内改革がひとまず順調に進む中、全ての発端となった新製品のエバ機に関する不正問題の解明は、遅々として進まなかった。そんな中、真相究明の糸口となりそうな事実が発覚する。
真相を暴いてやりたい……!
450人の希望退職者を出した社内は、ガランとしていた。須藤は、お世話になった先輩がスーパーでカートの片付けをしていた姿を思い出す。少なくとも今、須藤自身は世間一般的には幸せな家族のように見えるだろう。ローンはあるものの、郊外に建てた一戸建てで、妻とまだ小さな子供と暮らす、幸せいっぱいの父親だと、周りの目には映るだろう。
けれど、希望退職した社員にも、スーパーで働くことを余儀なくされた社員や諸先輩方にも、同じように家族がいて、「一家の大黒柱」としてつい少し前までは湘エレで仕事をしていたはずだ。それが今ではどうだ?
開発の仕事、改革に追われる平日で、土日くらいゆっくりと心身ともにリフレッシュできればいいのだが、この小さな幸せが大勢の不幸せの上に成り立っているような気がして、須藤の心境としてはとても複雑だ。昔から曲がったことが嫌いで、これは父親譲りなのかもしれないが、筋の通らないことには頑として譲らない。今でも、やっていることは昔と何ら変わっていないと須藤自身も十分分かっている。
「不正に加担した奴は誰なんだ?」
「どこのどいつが、俺たち開発が作り上げたデジタルビデオカメラ DVH-4KRをよりによってフィールドエバレーション(エバ)の真っ最中に部品を入れ替えやがったんだ?」
「あの新製品がちゃんと世の中に出ていれば、今、こんな事態にはなっていなかったはずだ」
考えれば考えるほどはらわたが煮えくり返るし、このエバ不正事件が発端となって経営刷新計画が発動され、原因を作ったとされる開発部やプロジェクトリーダーであった須藤たちは社員からは「お前らのせいで会社がこんなふうになった」と思われ続けていることも不本意だった。
さらに、須藤が尊敬する日比野社長が全ての責任を負い、結局のところ「臭い物に蓋をする」的な幕引きの仕方が許せない。営業をはじめ他部門からの無理難題を強いられても、言い返さずにおとなしく従う開発の社員の姿勢や、建前論ばかりでガチンコで話をすることがはばかれる組織風土が今日の湘エレの事態を招いてしまったのではないだろうか――。須藤は、幾度となく自分に問いただしてきた疑問について、また考えるのだった。
ライバル社に技術を盗用された……!?
須藤のスマホが鳴った。「今日は日曜日なのに……」と思いながらスマホの画面を見ると、同期の営業の末田からである。
須藤:「おいおい、今日は休みだぞ〜!」
末田:「いいから黙って聞け! 荒木(知的財産部で須藤の同期)から何も聞いていないのか? 当社と競合のプレシジョンイメージング社(以下プレ社)から来月発売されるデジタルビデオカメラのスペックとウリ、見ていないのか?」
須藤:「見てないけど、それがどうした? わざわざ休日に電話してくるほどのものか? お前じゃなかったら出てなかったぞ!」
末田:「そんなことはどうでもいい。プレ社の新製品……間違いなく、うちのDVH-4KRのパクリだ。性能もだけど、あの高ダイナミックレンジは普通の方法では絶対にできない。間違いなく、例のA-Dコンバーターを使った……うーんと、何だっけ?」
須藤:「等価サンプリング(第3回参照)のことか?」
末田:「それそれ! 高速で高ダイナミックレンジで、カラーグレーディングとフレームレートのCG Cinema社(以下CG社)の要求をクリアした方法だ」
須藤:「で、それがどうした?」
末田:「知財の荒木が調べてくれた。お前が出した特許とそっくりな特許が、つい最近、プレ社から出願されている」
須藤:「何だって!?」
末田:「荒木からは、プレ社のプレスリリースに掲載されていた“心臓部のA-D実装部分のアップ写真”を見て、プリント版のパターン引き回し、部品レイアウトまでそっくりだ――と言っていたぞ」
須藤:「もっと詳しく調べてみてくれないか?」
末田:「あぁ、伝えておくよ。CG社のエバについては、結局、プレ社に持っていかれたし、おかげでうちの会社はこのありさまだ。俺としても真相を知りたいよ」
技術流出の真犯人は誰だ……?
CG社のエバで湘エレと一騎打ちになったプレ社のデジタルビデオカメラには、エバの時点で当社と同じ方式を採用していなかったはずだ。あの性能を出すために、単純な部品選定だけでなく、実装技術を確立するために社内でも何度となく実験とシミュレーションを繰り返した。そして、ようやく実現できたものだ。
この短期間でプレ社が同等の性能で新製品を開発し、市場投入したとなると、ひょっとしたら……。当社からの技術流出があったのではないだろうか。しかし、エバの時点で、当社のDVH-4KRの部品を入れ替えたり、わざわざ厳しいMILスペックの試験成績書を出させたり、そこまで手の込んだことをする必要があったのだろうか。だとしたら、誰が、一体、何のために……?
これまで、ほとんど動きのなかった不正問題の真相が、急激に差し迫ってきたように須藤は感じた。プロジェクトメンバーはどのように立ち向かうのか。次回をお楽しみに。
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Profile
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を開発設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画業務や、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『”AI”はどこへ行った?』『勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ』などのコラムを連載。書籍に、『上流モデリングによる業務改善手法入門(技術評論社)』、コラム記事をまとめた『いまどきエンジニアの育て方(C&R研究所)』がある。
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