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ブラック企業の作り方世界を「数字」で回してみよう(55) 働き方改革(14)(9/9 ページ)

今回取り上げるのは「ブラック企業」です。特にここ数年、企業の規模や有名無名に関係なく、“ブラック企業の実態”が報道でも取り上げられていますが、そもそもなぜ「ブラック企業」が存在してしまうのでしょうか。そして、ブラック企業を撲滅することはできるのでしょうか。

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企業は本質的に「ブラック」だ

後輩:「江端さんは、1960年に、会社と従業員の間での「封建制*)」のインフラが出来上がった、と考えているのですね」

*)ここでは、「家制度」とか「身分的特権をもつ階層が存在する社会」のことではなく、単に「金銭や領地の対価に基づく、終身主従契約関係(子孫の代にも続くことがある)」のこと

江端:「うん」

後輩:「でもって、1991年のバブル崩壊によって、その「封建制」が崩壊して、『労働力(能力)と対価を、リアルタイムで交換する』社会に変化した、と、おっしゃっている訳ですね」

江端:「そうだな。私の試算では2030年頃に、非正規労働者が50%を突破するから、その崩壊を宣言できるのは、あと10年後くらいになるかもしれないけど」

後輩:「江端さん。それって、単に『元に戻っただけ』とは、思いませんか?」

江端:「はい?」

後輩:「つまり1960年から、定年制という「御恩」と、サービス残業という「奉公」という、"プチ鎌倉幕府"型の運用形態が定着し、30年後(1991年)に政権が崩壊。その後、同程度の時間をかけて、その"プチ鎌倉幕府"制度が消滅する、とも言えると思うのですよ」

江端:「つまり『ここ60年くらいが変な時代だった』と言いたい?」

後輩:「江端さんの作った年表(ブラック企業の歴史)を見れば、太平洋戦争直後は「会社勤め」の人間の方が珍しかったのでしょう? そもそも、ブラック企業の問題点は、パワハラ、セクハラの暴力行為、違法残業にあるのであって、そもそも企業には『従業員を教育して育てる義務』なんぞありません。ましてや、従業員の"生涯雇用"を守る義務など、全くありません*)

*)ただし、日本の労働法では、従業員保護が徹底しており、正当な理由なくして従業員を解雇できません。

江端:「まあ、それはそうだけど」

後輩:「まあ、長期間、人材をきっちり教育して確保していることがメリットである時代は、確かにあったのですが、近年は、IT技術の発展やAI(人工知能)……」

江端:ん? あれ? おかしいなぁ? 今、何か、暗愚魯鈍で道聴塗説を唯唯諾諾と信じる大衆に対して、一知半解で厚顔無知の「AI専門家」を僭称(せんしょう)する軽薄無知な人物の唱える、荒唐無稽で不愉快な略語が聞こえたような気がしたけど ―― 私の聞き間違えかな?

*)「Over the AI ――AIの向こう側に」連載バックナンバー一覧

後輩:「大変失礼致しました。訂正致します。『IT技術に基づく大量データ向け超高速計算技術および、それらを援用した確率的予測値算出方式』であります。つい、ネットスラングのような下世話な表現で言い間違えてしまったようです」

江端:「うむ。この江端智一のレビュアーとしての品格を問われるゆゆしき問題だ。以後、注意してくれたまえ――。では、話を戻そう」



後輩:「資本家が労働者を保護しないのは、今に始まったことではありません。例えば、明治維新の富国強兵政策から産み出された、あの例の「負の遺産」がそれです。「ああ、野麦峠」に登場する製糸工場は、ブラック企業の教科書といっても良いものです」

江端:「産業革命時のイギリスにおいて、泣きわめく子どもを無理やり寝かしつけるために、母親が、嫌がる子どもの口に、ろうとを突っ込んでウオッカを流しこんだ、という話もあるな。あれも、ある意味、保育所問題の教科書といってもいいな」

後輩:「つまり、歴史的に見ても、あるいは江端さんのように数式でアプローチしてみても、「企業」というのは、そもそも本質的に全て「ブラック企業」なのですよ」

江端:「なるほど。しかし、数十年の周期で、その本性(ブラック)を露骨に現わす企業が登場してくるのは、なぜなんだろう」

後輩:「仮説の域を出ないですが、産業構造の変革時に、その変革の速度に人間がついていくことができなくなった、まさにその時、企業の中で隠されていた「ブラック」が外側に現われてくるんじゃないでしょうか」

江端:「変革期というと?」

後輩:「英国の産業革命時、明治維新後の富国強兵策、太平洋戦争敗から高度経済期をへたのちのバブル崩壊、正規雇用時代の終えん……とまあ、社会が、予測不能で、訳の分からないダイナミックで非線形な変化をする時のことです」

江端:「……ふむ」

後輩:「それに、江端さんの言う「自分を守るのは自分」は、変革期があろうが、なかろうが、それって人間の基本原則じゃないですか。「自分を自分以外に守ってもらえる社会」の方が変ですよ。気持ち悪い」

江端:「つまり、ここ60年ばかり、私たちは『過保護な社会』によって守られていたと?」

後輩:「『過保護』という言葉は、ちょっと違うような気もします。『人間は自分の安全を担保できると確信できて、かつ、なお、"余力"のある時にだけ、他人を守る気力を持てる(こともある)』と考えれば、今の時代は、単に『余力のない社会』というだけのことかもしれません」

江端:「……」

後輩:「江端さんの『ブラック企業は潰せません』は正しくなくて、『全ての企業はブラック企業であって、現時点で"ブラック企業"と称呼されていない企業は、まだ"余力"があるだけです』が正しいと思いますよ、私は」


⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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