半導体メーカーの働き方改革 〜半導体技術者の在宅勤務は可能か?:湯之上隆のナノフォーカス(18)(3/3 ページ)
今回は、いつもとは毛色を変えて、“半導体メーカーの働き方改革”に目を向けてみたい。筆者がメーカー勤務だった時代と現在とでは、働き方にどのような違いがあるのだろうか。
半導体プロセス技術者の在宅勤務は可能
時代は変わった。
半導体プロセス技術者が紙を持ち回って“スタンプラリー”をやったり、自分の手で装置にロットを仕掛けたり、装置の液晶画面にパラメータを打ち込んでドライエッチングしたり、そのウエハーをチッピングして断面SEM観察したり、というようなアナログな仕事はもはや必要ないのである。
“スタンプラリー“も、ロットを装置にセットしてパラメータを振ってエッチングすることも、断面SEM観察することも、全てオフィスの机上のPCを使ってリモートでできるのである。
筆者が知らない間に、半導体のプロセス開発や生産に関わる手法が劇的な進歩を遂げたということなのかもしれない。
現在の半導体プロセス技術者は、毎日会社に出勤して、自分のPCを立ち上げて、リモートであらゆる仕事を行っているということになる。ということは、情報漏洩(ろうえい)の問題さえ解決すれば、在宅勤務も可能になるということである。実際、装置を使わないデバイス企画の仕事をしている半導体技術者は、在宅勤務をすることが多いのだそうだ。
すると将来は、半導体の開発ラインも量産工場も、ほとんど無人で、その周辺にオフォスを設ける必要もなく、半導体プロセス技術者は自宅のPCを使ってリモートで実験をしたり、テレビ会議をしたりしながら、仕事を進めていく。そんな時代がすぐそこまで来ているのかもしれない。
プロセス開発がTVゲーム化している
現在の半導体プロセス技術者は、20〜30年前に比べれば、非常に効率的な働き方をしていると言える。そして、“スタンプラリー”を短縮したり、断面SEM観察をもっとスピーディに行えるようにすれば、半導体プロセス技術者の在宅勤務も可能になるし、日本政府が目指す本当の働き方改革が実現するかもしれない。
しかし、その前に、一つクギを刺しておかなければならない。
現在の半導体プロセス技術者が、装置にもウエハーにもSEMにも触ることなく効率的に仕事を進めているのは結構なことではある。しかし、それは、何だかTVゲームをやっているようにも思える。そのようなやり方で、本当に半導体プロセス技術の開発ができるのだろうか? 筆者には、できるとは思えないのである。
半導体プロセス技術者に必要な経験
筆者は、1987〜1994年に在籍した日立中央研究所で、荷電粒子を一切使わない中性粒子ドライエッチング装置を3台設計し、試作した(量産機にはならなかったが)。1994〜1998年は半導体事業部で強誘電体メモリ(FeRAM)の開発に関わり、プラチナ(Pt)電極加工用のドライエッチング装置を東京エレクトロン(TEL)と共同で開発した。1998〜2000年には1GビットDRAMの開発に関わり、BSTのキャパシター電極Ru用のドライエッチング装置をラムリサーチ(Lam)と共同開発した。
筆者は、たまたま、PtやRuなど、ドライエッチングが困難な材料をテーマにしたため、ハードウェアを最適化するところからプロセス技術の開発が始まった。というより、本当のプロセス技術の開発とは、ハードウェアの最適化が無ければ実現し得ないと思っている。
ところが、現在の新人の半導体プロセス技術者は、ハードウェアを分解し、改良したり、改善したりする機会が一切無いのではないか? TELやLamから装置を買えば、基本プロセスは漏れなく搭載されてくる。その装置にリモートでウエハーをセットして、リモートでパラメータを振って、「ここまではできるけれど、これ以上はできません」で終わりにしているのではないか? もしそうだとすれば、それは本当の半導体プロセス技術の開発ではない。
時代は元には戻らないし、戻す必要もない。半導体プロセス技術者のほとんどの仕事がリモートで済むのも結構なことだ。
しかし、半導体プロセス技術者は、誰もが一度はハードウェアに触わり、分解し、改良や改善をする機会が必要だと思う。そのような経験を積み、装置の本質を理解した上で、リモートを大いに活用して、効率的に半導体プロセス技術の開発をすれば良い。TVゲームをやっているだけでは、本当のプロセス技術の開発はできないと思う。
筆者からのお知らせ
2019年11月6日(水曜日)に、東京・港区浜松町 ビジョンセンター浜松町にて「【緊急開催】米中ハイテク戦争に加えて日韓貿易戦争勃発 −先が見えない時代をどう生き延びるのか?− 」と題したセミナー(主催:サイエンス&テクノロジー)を行います。米中ハイテク戦争と日韓貿易戦争からビジネスを防衛するための処方箋について、筆者が講演します。加えて、リソやエッチなど装置メーカーの攻防についても言及する予定です。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 大赤字計上の東芝メモリ、台湾Lite-onのSSD事業買収で弱点克服へ
東芝メモリは2019年8月30日に、台湾Lite-on Technology(ライトン テクノロジー/以下、Lite-on)のSSD事業を1億6500万米ドル(約173億円)で買収すると発表した。この買収が東芝メモリの業績を向上させる可能性について、メモリメーカー各社の営業損益を比較しつつ考察する。 - 次世代メモリの本格量産を可能にする新PVD装置
アプライド マテリアルズ ジャパンは、東京都内で記者説明会を行い、MRAM(磁気抵抗メモリ)やReRAM(抵抗変化型メモリ)など新型メモリの量産を可能にするPVD(物理蒸着)装置について、その特長などを紹介した。 - EVG、新しいマスクレス露光技術を開発
EV Group(EVG)は、新たなマスクレス露光(MLE)技術を発表した。先端パッケージやMEMS、高密度プリント配線板などバックエンドリソグラフィ用途に向ける。 - 伊のエピ装置企業、SiC市場狙い日本市場に本格参入
イタリアのパワー半導体向けエピ成膜装置の専業メーカー「LPE」が、SiC(炭化ケイ素)パワー半導体市場の急成長を追い風に日本市場に本格参入をする。同社は2019年10月2日、SiCエピ成膜装置の新製品「PE106A」を世界に先駆け日本で販売開始。東京都内で開催した記者会見で、日本市場に向けた事業戦略などを説明した。同社CEOのFranco Preti氏は、「まずは、全体の売上における日本市場のシェアを現在の5%未満の状態から、5年以内に20%程度にまで上げていきたい」と語った。 - 日韓経済戦争の泥沼化、短期間でフッ化水素は代替できない
日本政府による対韓輸出管理見直しの対象となっている3つの半導体材料。このうち、最も影響が大きいと思われるフッ化水素は、短期間では他国製に切り替えることが難しい。ただし、いったん切り替えに成功すれば、二度と日本製に戻ることはないだろう。 - メモリ不況の夜明けは近い、市場動向から見たDRAMとNANDの挙動
世界半導体市場統計(WSTS)のデータを用いて市場動向をグラフにしてみたところ、両者の挙動が大きく異なることを発見した。本稿では、その挙動を示すとともに、その理由を考察する。その上で、二つのメモリ市場の未来を展望する。