フッ化物導入の磁気メモリで記録保持特性を改善:垂直磁気異方性を従来の約2倍に
産業技術総合研究所(産総研)は、フッ化物をトンネル障壁に用いた新構造の磁気トンネル接合素子(MTJ素子)を開発した。垂直磁気異方性が従来の約2倍になり、磁気メモリ(MRAM)の記録保持特性を改善することに成功した。
脳型コンピューティングへの適用に期待
産業技術総合研究所(産総研)新原理コンピューティング研究センター、不揮発メモリチームの野﨑隆行研究チーム長らは2022年1月、フッ化物をトンネル障壁に用いた新構造の磁気トンネル接合素子(MTJ素子)を開発したと発表した。垂直磁気異方性が従来の約2倍となり、磁気メモリ(MRAM)の記録保持特性を改善することに成功した。
MTJ素子は、1nm程度のトンネル障壁層を磁性薄膜で挟み込んだ構造となっており、磁性薄膜の磁化方向によって情報を半永久的に保存できる。この特性を利用したのがMRAMで、大容量化により脳型コンピューティングなどへの適用が期待されている。
MRAMは既に、「電流書き込み型」でギガビット級の記憶容量を持つ製品が登場している。近年は、次世代技術として磁化の向きを電圧のみで制御する「電圧書き込み型」MRAMが注目されているという。電流駆動型に比べて、書き込み電力が1〜2桁も小さくて済むからだ。ところが、極めて薄い磁性層を用いるため、同じ材料を用いた場合には、記録保持特性が半減するという課題もあった。
そこで今回、記録保持特性の改善に向けて、新材料の開発に取り組んだ。新たに開発したMTJ素子は、トンネル障壁層にフッ化リチウム(LiF)と酸化マグネシウム(MgO)を組み合わせた複合トンネル障壁層を用いる構造とした。
鉄(Fe)とMgOの界面に、わずか1〜2原子層(0.26nm)という極めて薄いLiFを導入した。これによって、Feは磁化の向きが膜面垂直方向に安定化し、垂直磁気異方性はMgOのみを用いた従来構造より、約2倍に向上することが分かった。
試作したMTJ素子を用い、LiF層の導入が垂直磁気異方性に与える影響を調べた。外部から膜面内方向に磁界を加えると、記録層の磁化が磁界方向に向けられ、平行磁化状態に近づくことで素子抵抗値が小さくなった。この記録層の磁化を面内方向に向かせるために必要となる磁界の大きさが、垂直磁気異方性を示しているという。この技術を適用することで、記録層の薄い電圧書き込み型MRAMにおいても、高い記録保持特性を実現できるとみている。
開発したLiF/MgO積層は、MgOトンネル障壁層と同程度以上のTMR(トンネル磁気抵抗)比を示し、記録保持特性の向上に加え、情報の読み出しについても、良好な特性を示すトンネル障壁層であることが明らかとなった。
研究チームは今後、フッ化物トンネル障壁層を導入したMTJ素子の量産に向けた可用性の検討と製造プロセスの開発に取り組む。さらに、DRAM代替などを目指して、大容量化につながる新たな材料の開発や構造設計などにも着手する。
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