ルネサス エレクトロニクスの自動車向け半導体事業が好調だ。2015年度には、将来の5000億円分の売り上げにつながるデザインインを獲得したという。過去3年間、半導体メーカーのビジネスモデルから脱却し、ソリューションプロバイダーへと変革してきた成果だ。同社の自動車向け半導体事業を率いる大村隆司執行役員常務に、変革に取り組んだこれまで3年間と、今後の成長戦略について聞いた。
経営再建を果たし、成長に向け大きく舵を切り始めたルネサス エレクトロニクス。3年前、復活を賭けて、半導体ベンダーからソリューションプロバイダーへとビジネスモデルの変更に取り組んできた。
過去3年に渡り、ルネサスの主力事業の1つである車載向け半導体事業を率いてきた同社執行役員常務兼第一ソリューション事業本部長の大村隆司氏に、過去3年間の取り組みと、今後の成長戦略についてインタビューした。
――自動車向けビジネスを担当する第一ソリューション事業本部の本部長に就任され、3年が経過しました。これまでを振り返っていただけますか。
大村隆司氏 3年前当時、ルネサスは、ユーザー、お客様との距離が遠いということを一番の課題として、アプリケーション、用途別の事業体制へと大きく体制を変えました。その当時は、2011年の東日本大震災被災の影響などで業績が低迷していたこともあり、なんとか“新しいルネサス”としてのプレゼンスを高めたいとの目的で、展示会(組込みシステム開発技術展/ESEC)に数年ぶりに出展しました。ところが、出展したのは良いのですが、パネル展示が主体で、あくまで半導体チップを売るという従来の展示スタイルのままで、一般のお客様には面白みもなく、「これではダメだ」と痛感しました。
どのアプリケーションで使われるもので、何を解決してくれるソリューションなのか分からない展示で、機能、性能の説明だけをして、後はお客様で考えてくださいと言うものでした。これでは、お客様との距離は縮まらないと思い、これまでの3年間、その改善に取り組んできました。
――ここ最近は、展示会やイベントでの“展示物”がメディアで取り上げられ、大きな話題を呼ぶようになりました。
大村氏 2014年11月にRH850‐P1x-Cというセーフティマイコンを広報発表した際に、ADAS(先進運転支援)分野では初めて、隊列走行を想定し、ラジコンサイズのクルマ(模型)で、前方を走るクルマを追従して走るという動くデモを作りました。今見ればとてもぎこちない走行ですが、SoC製品のR-Carで前のクルマを認識し、セーフティマイコンRH850P1x-Cでクルマの制御が行えるという点を、実際にクルマ(模型)を動かすことでアピールしました。
翌2015年の展示会では、同様にR-CarとセーフティマイコンRH850-P1x-Cを使って、白線を検知して実際に自動走行するクルマ(模型)のデモを披露しました。このころから、出展した展示会でルネサスの展示ブースにも人だかりができ、注目していただけるようになりました。
そして、2016年にはさらにバージョンアップさせ、クルマ(模型)を実際にクラウドに接続し駐車場における自動パーキングのデモを作りました。クルマが、あらかじめクラウドに駐車場予約をすると、クラウド側が現在空いている駐車スペース位置をクルマに指示し、その指示に従って自動駐車するものです。駐車スペースに障害物がある場合は、クルマが自ら検知し、クラウドとの連携により別の位置に安全に駐車するというデモも披露し、お客様から、このデモキットをそのまま売ってほしいと言われたことを思い出します。
――模型サイズではなく、実車サイズの大型システムのデモを公開されていますね。
大村氏 就任当時から、「模型サイズだけでは面白くない。作るのであれば、やはり実車サイズのデモをつくろうよ」と社員に呼び掛けていました。
2014年に東京で開催した「Renesas DevCon Japan 2014」で公開した統合コクピットが、実車サイズのデモの始まりです。翌2015年に米国で開催したDevCon USAでは、いよいよ、実際に走るクルマにルネサスのADASソリューションを組み込んだデモカーを作って公開することができました。
2015年に公開したデモカーは、R-Carを使って、複数のカメラ、レーダー、ライダーからの情報をセンサーフュージョン処理し、周囲の状況を把握するというものでした。さらにリアルタイム3Dサラウンドビューなど、ADASの実現に必要な最新技術を組み込み、多くのお客様に試乗しながら体験してもらいました。このデモカーは、2016年1月の米国の「CES」でも展示し、より多くのお客様にルネサスのADASソリューションを体験していただきました。
――こうした動くデモを作成される際に、こだわっていることはありますか。
大村氏 一言で言えば、自社のマイコン、SoC製品で実際に動かせるということですね。というのも、こうしたコンセプトモデル的なシステムは、これまで巨大なコンピュータやFPGAで動かしているというケースが多くありました。これでは、消費電力やサイズが大きく、すぐに実用化できません。実際に市場で手に入れられるマイコン、SoCで作るということにこだわっています。もちろんそれらは全て当社が自動者向けに開発し、販売している製品です。
だからこそ、3Dサラウンドビューなども、デモとしてお見せしたものをベースに、お客様がADASシステムの開発に、そのまま取り込んで頂き採用されています。今では、大衆車にも採用される当たり前の機能として実用化されています。
――2017年1月に米国で開催された展示会「CES」では、自動運転車のデモを公開されたそうですね。
大村氏 はい。自動運転レベル4*1)に対応する自動走行が可能なデモカーを作り、駐車場内ではありますが、300m近い距離の自動走行デモを披露しました。
*1)高度自動運転。一部の走行状況を除いて全ての運転を自動で行える。
――自動運転車も製品化したマイコン、SoCで作成されたのでしょうか。
大村氏 その通りです。これまでのデモの資産も継承し、今回はR-Carの最新のハイエンドSoC製品である「R-Car H3」2個と、セーフティマイコンRH850‐P1x-Cを搭載する車載ソフトウェア開発環境「高度自動運転(HAD:Highly Automated Driving)ソリューションキット」を2台組み込んでいます。その2台で自動運転の安全な走行制御を行いました。さらに、V2X(車車間/路車間通信)用SoC「R-Car Wシリーズ」などを使用し、他の車との通信や信号機との通信デモを行いました。
――自動運転には、走行アルゴリズムなど高度なソフトウェア開発も必要ですが、どのように開発されたのですか。
大村氏 ソフトウェアはパートナーと共同で開発しました。具体的には、リアルタイムOSベンダーであるQNXソフトウェアシステムズと、カナダのウォータールー大学の協力を得て、3カ月ほどの開発期間で作り上げました。
――学生を含む開発チームで、わずか3カ月で仕上げた。
大村氏 はい。ウォータールー大学は、もともと自動運転アルゴリズムを研究している大学で優秀な研究チームを持っていたこともありましたが、車載ソフトウェアをより開発しやすい環境として整備した「R-Car スタータキット Premier」があったことも、短期間で開発できた大きな要因として自負しています。
――レベル4相当の自動運転車ということですが、具体的にどのような特長を持った自動運転車なのですか。
大村氏 半導体ベンダーも含めて自動運転車のデモカーを作っているケースが増えている中で、ルネサスの自動運転車は3つの大きな特長を備えています。
1つ目の特長が“機能安全”です。今回は、2台のHADソリューションキットに入っている4個のR-Car H3のうち、3個を使って自動運転を安全に制御するデモを行いました。3個のうち1個が壊れても、多数決で他の2個が同じ結果なら、その2個を使って継続走行して危険を回避し、緊急避難として路肩に安全に停車させるというデモを、実際に自動運転車に乗って体感いただきました。今回のCESで、ここまで安全にこだわったシステムを実現できている自動運転車は、ルネサス以外では無かったと思います。ルネサスがこれを実現できたのは、「センシング」、「判断する」SoCと、「制御する」マイコンの両方を手掛けているからこそなのです。
2つ目の特長は、高いレベルのセキュリティです。ハッカーが実際に走行中に攻撃を加え、それを回避するデモも紹介しました。
3つ目は低消費電力であるということです。今回は、先程もご説明しましたが、2台のHADソリューションキットで構成しました。その中には合計4個のR-Car H3と2個のRH850‐P1x-Cが搭載されています。しかしながら、それらを全て合計しても消費電力は25Wでした。現状、競合の自動運転用の最新の半導体の消費電力は1個だけでも40W以上と聞いていますので、複数搭載したシステムでは数100Wになると思います。
――このようにこれまでの展示会やイベントでの展示内容を見ても、この3年間でルネサスが、システムレベルでの提案力を向上させたことがよく分かりますね。
大村氏 まだまだですが、最近では、自動車メーカーの方に、「ルネサスは自動車メーカーの領域までやるのか?」と問われることもあります。これは全くの誤解で、冒頭述べたように、お客様との距離を短くするために、自動車の素人が、少しでもお客様の課題を知りたいと、デモカーとして仕上げてきただけです。
また、われわれのような素人や、学生さんでも扱えるような“使いやすさ”を、ルネサスのマイコン、SoCにて、少し実現できたことの表れだと思います。これまで、PC用のプロセッサなどと比べると、圧倒的に開発環境の使いやすさは劣っていました。どうしても、マイコン、SoCは、専門家だけが使う環境となりがちでした。そうした課題を払拭(ふっしょく)したくて、努力してきたことが実を結びつつあるように感じています。
――ソリューション重視の戦略に転換したルネサスの車載向け事業ですが、今後の事業展開については、どのような戦略を持たれているのですか。
大村氏 ご存じの通り、自動車業界のビジネスモデルは大きく変わりつつあります。環境や安全に関する規制の強化が進み、ADAS、自動運転をはじめとした技術の革新も著しいです。ユーザーの自動車に求める価値も、急速に台頭してきているカーシェアリングへの対応や、エコカーなど環境負荷低減、更には自動運転によるや運転負荷の軽減など、新しい要求へ“深化”して来ています。そこで、自動車業界のビジネスモデルは、ハードウェア主体から、ソフトウェア/サービスの領域へと軸足を移しつつあると言えます。
そうしたサービス主体へと軸足を移す自動車メーカーに対し、われわれは原点に戻って強みを生かしたトータルソリューションを提供し、成長する戦略を描いています。
――ルネサスの自動車向けビジネスの“強み”とは?
大村氏 マイコン、SoCで圧倒的なシェアを持ち、実績があるということです。
マイコンは、全ての車載用途でシェアナンバーワンであり、これを堅持しています。この背景には、これまでの実績と高い品質、先端技術を駆使したロードマップを持っていることが挙げられます。例えば、他社に先駆けて、フラッシュ内蔵マイコンとしては最先端の28nmプロセスを採用した製品を発表し、いよいよ2017年からサンプル出荷を開始します。
――自動車といっても、さまざまなアプリケーションが存在します。ルネサスが特に注力していくアプリケーションはありますか。
大村氏 パワートレイン、ボディ、シャシー、インフォテインメントなどのアプリケーション領域では既にシェアを獲得しているので、これを堅持していきます。そして、新しいアプリケーションであり成長領域といえる電気自動車/ハイブリッド車(EV/HEV)、ADAS/自動運転への投資を強め、車載事業の成長エンジンにしていく方針です。
――EV/HEV向けビジネス戦略をお聞かせください。
大村氏 EV市場は世界的にも拡大が見込まれていますが、特に今後のトレンドセッターは、中国市場だと考えています。市場規模が大きいこと、国策としてEVの普及に取り組んでいることなどが理由です。
そこで、中国のEVメーカーに対し、マイコンやIGBTなどのパワーデバイスを組み合わせた小型、軽量のモーター制御用スタータキットを提供して、商談獲得が始まっています。今後も、使いやすいキットによる提案を強めて、中国からシェアを伸ばしていきたいと考えています。
――過去3年を見ても、特にソリューション開発に注力してきた自動運転/ADAS領域での今後の成長戦略をお聞かせください。
大村氏 自動運転を実現する構成要素は「見る/センシング」「考える/コグニティブ」「感じる/ヒューマンマシンインタフェース(HMI)」「操作する/コントロール」の4つで、この4つがそろわなければ自動運転は実現できません。
まず、繰り返しになりますが、操作する/コントロールの部分は、マイコンで全方位的にナンバーワンのシェアを獲得しています。感じる/HMIの部分も、カーナビゲーションシステム向けを皮切りに、R-Carファミリでナンバーワンのシェアを獲得しています。
ただ、見る/センシング、考える/コグニティブの部分に関しては、新規参入企業が多く目立っていることもあり、ルネサスは弱いというイメージを持たれています。しかし、ここ1〜2年だけでも、センシング、コグニティブの領域でそれぞれ大きな商談をR-Carやマイコンで獲得できています。
このように、4つの要素を全方位で対応でき、かつ、自動運転のデモカーを作るまでのシステムレベルの力も養われており、トータルソリューションを提供できれば、成長していけるとの自信があります。もちろん、トータルソリューションは、われわれの得意とする機能安全、セキュリティ技術で味付けすることで、より競争力を高められます。こうしたトータルソリューションを提供できるのは、唯一ルネサスなのです。
――コグニティブの領域では、これまでPC向けなどのプロセッサを提供してきた半導体メーカーのデバイスが注目を集めています。
大村氏 仮に、そうしたプロセッサが自動運転車に搭載されても、コントロールの部分に関しては、ルネサスのマイコンが搭載されることになります。機能安全やセキュリティを実現するには、そうしたマイコンとの連携が必要だからです。ルネサスは、全ての車載マイコンで、ASIL-Dなどの機能安全規格に準拠したマイコンを提供しています。これらのマイコンを生かし、1社でトータルに機能安全やセキュリティを高められる点で、決定的に優位と思っています。
コグニティブ領域でも、われわれのR-Carは、さまざまな処理に最適化したさまざまなアクセラレーターを持つ“適材適所アーキテクチャ”であり、低消費電力で処理できる、他にはない特長を備えています。欧州の自動車/電装品メーカー様も、そうした点を評価して採用を決めていただいており、競争優位性は十分にあります。
ただ、先ほど申し上げたように、PC向けのプロセッサベンダーに比較して、開発環境が弱点になっていたのは事実です。ですが、スタータキットの整備などを通じて、克服でき始めていると考えています。
――今後のビジネス見通しをお聞かせください。
大村氏 将来の売り上げにつながるデザインイン獲得数は、2013年度を底にして、成長に転じ、2015年度は、LTV(顧客生涯価値)ベースで過去最高の5000億円以上のデザインインを獲得しました。ちなみに、2016年度は9カ月間(2016年4〜12月)だけで、2015年度を超えるほど、順調にデザインインを獲得できました。毎年、こうしたデザインをコンスタントに獲得できていけば、年間4000〜5000億円の売上高を計上できることになります。
――2017年4月には、2014年以来の国内での大規模開催となる「Renesas DevCon Japan 2017」が開催されます。さらに進化したルネサスの自動車向けソリューションを体感できそうですね。
大村氏 この3年で、生まれ変わったルネサスをDevCon Japan 2017で、ぜひ、感じていただきたいです。前回のDevCon Japan 2014でお約束した「半導体という食材だけでなく、料理として提供する」ということが実現できるようになったルネサスをみていただきたいと思っています。
進化したルネサスに対し、これまで以上に将来に対する大きな期待も寄せられるはずですし、そうした期待に応えるソリューションを用意したいと思っています。自動運転に向けたソリューションに加え、エコカーに向けたソリューションや、さまざまなITと連携したコネクティッドソリューションなどをお見せしたいと準備を進めています。また、最新のAndroid対応などパートナーと共同で開発したソリューションなどもそろう見込みです。
――CES 2017で大きな注目を集めた自動運転デモカーについては。
大村氏 日本の皆さんにも披露できないか検討している最中です。企画の準備を進めています。
ぜひ、DevCon Japan 2017にご参加いただき、楽しんでいただきたいと思っています。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:ルネサス エレクトロニクス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2017年3月5日
ルネサス エレクトロニクスは2017年11月27日、製造装置に、異常検知機能や予防保全機能など、AI(人工知能)を活用したインテリジェント機能を容易に付加できる「AIユニットソリューション」を開発し、販売を開始したと発表した。
ルネサス エレクトロニクスは2017年10月27日、子会社であるIntersil(インターシル)の社名を2018年1月1日付で「Renesas Electronics America」に変更すると発表した。