事業成長に向け積極的な投資を行いつつあるルネサス エレクトロニクスが、産業機器、民生機器など向け半導体ビジネスの成長を引っ張るコア技術として「e-AI」を掲げている。「e-AI」とは一体、どのような技術であり、どんなビジネスを描いているのか。ルネサスの産業機器向け半導体、汎用半導体事業を率いる横田善和執行役員常務に聞いた。
電源半導体メーカーであるインターシルを買収するなど成長に向けた投資を活発化させているルネサス エレクトロニクス。産業機器向け半導体や汎用半導体を手掛ける産業・ブロードベース事業では、成長をけん引するキーテクノロジーとして「e-AI」を掲げ、e-AI関連技術/製品に関する研究開発投資を積極的に行っているという。
「真のIoTを実現するために不可欠な技術」「すぐに身近になる技術」と説明するルネサスの横田善和執行役員常務に、e-AIとはどのような技術なのか、同氏が統括する産業・ブロードベース事業の成長戦略などとともに聞いた。
――産業・ブロードベース事業の中期的な成長戦略、注力分野について教えてください。
横田善和氏 これから成長に向けて投資していく分野として3つのスマート事業と、2つのプラットフォーム事業と定めています。
スマート事業とは、「スマートホーム」「スマートファクトリー」「スマートインフラ」の3つになります。特に“e-AI”(エンベデッド Artificial Intelligence)と呼んでいる技術で、スマートな社会を実現したいと考えています。
プラットフォーム事業とは、パートナーとの協力、連携を含めてマイコン、組み込みプロセッサとともに検証済みのソフトウェア、開発環境を提供するビジネスモデルのことです。具体的にはIoT向けの「Renesas Synergy Platform」と産業機器向けの「RZ/G Linux Platform」の2つを展開していきます。
――スマート事業の成長の核となりそうな“e-AI”とはどのようなものでしょうか。
横田氏 e-AIとは、簡単に言ってしまえば、IoTのエンドポイントのところにAIを組み込むことです。ルネサスが得意とするマイコン、MPUにAIをインプリメンテーションする技術、ソリューションを指します。
また、AIといってもさまざまな技術がありますが、現状、ルネサスが取り組んでいるのは、ディープラーニング(深層学習)を使用したAI技術になります。
――なぜ、e-AIに注力されるのでしょうか。
横田氏 日経新聞に掲載された数字を使用させていただきますが、エンベデッド半導体市場は、2020年に世界全体で300億ドルに達すると期待されています。この金額は2015年の1.5倍近くにも上ります。意外かもしれませんがモバイルプロセッサやサーバ市場よりも高い成長率です。エンベデッド半導体は、これまでもこれからもルネサスがお客さまにソリューションをお届け続ける市場です。また世の中の流れを見ても、さまざまな領域でスマート化を実現するには、AIが必要不可欠な技術となっていくのは間違いないでしょう。ルネサスはエンベデッド半導体市場の成長には、飛躍的にインテリジェント化を実現するこのAI技術の活用が必須と考えました。エンベデッド領域において、どこよりも早くAIを提供することがルネサスらしさであり、組み込みシステムのルネサスとしての責任であるという結論に至りました。
――エンドポイントにAIを組み込むよりも、エンドポイントをネットワークでクラウドにつなげ、クラウド上でAIに関する処理を行う考え方も多く見受けられます。
横田氏 クラウドシステムでのAI、クラウドAIが大きな注目を集めていることは事実です。しかし、エンドポイントにAIを組み込むe-AIでは、クラウドAIにはない新しい価値を創出できます。
例えば、リアルタイム性です。e-AIであれば、クラウドAIよりも10倍以上高速に反応できます。電力効率も高速な通信を必要としないので、高くなります。電力効率が高ければ、結果的にコスト効率も高まります。その結果、AIをいろいろなところで活用できるようになり、さまざまな領域のインテリジェンス化、スマート化、ひいては真のIoTを実現できると考えています。
とはいえ、e-AIがクラウドAIを完全に置き換えるということもあり得ません。膨大なデータから機械学習(マシンラーニング)する部分については、クラウドが適しています。e-AIは、そうした学習から得られたアルゴリズムを処理したり、学習に必要な情報を選別したりする処理に適していると言え、互いに共存、協調して進化していくでしょう。
――スマートな社会の実現に欠かせないe-AIに対し、今後、ルネサスはどのように取り組んでいくのですか。
横田氏 2015年12月に開催したプライベートイベント「Renesas DevCon 2015 TOKYO/NAGOYA/OSAKA」で、このe-AIのコンセプトを発表させていただいたのですが、その前後からルネサス社内でe-AIに関する研究、実証を進めてきました。
例えば、ルネサスの主力工場である那珂工場(茨城県ひたちなか市)で、e-AIを活用した製造装置の異常検知システムの実証試験を行い、従来の人手による異常検知よりも6倍精度の優れた検知が行え、工場の稼働率向上に役立つことを確認しました。この成果について、各種取材やスマート工場EXPOでの講演などで紹介させていただいたのですが、反響は非常に大きくなっています。現在のお客さまである装置メーカーだけでなく、SIerや工場オーナーの方など、国内外の40社以上のお客さまからお問い合わせをいただいております。これはe-AIコンセプトの正しさを裏付けるものと理解しています。
また、組み込みシステム向けAIをサポートしていただける企業も登場しており、これまでに国内海外を含む10社以上とビジネスの具体化に向けた会話を開始しました。さまざまなパートナー企業や大学との連携を加速しe-AIに関する知見を「e-AIソリューション」という形にまとめ上げ、間もなくユーザーの皆さんに提供します。2017年4月11日に東京で開催するプライベートイベント「Renesas DevCon Japan 2017」でe-AIソリューションを披露する予定です。
――e-AIの本格的な披露の場となるRenesas DevCon Japan 2017では、どのような展示を予定していますか。
横田氏 はじめに申し上げますが、今回のDevConではお客さまの事業にすぐにご活用いただけるソリューション展示にこだわりました。単なる将来技術のコンセプト展示ではなく、お客さまが開発を開始できる中身の詰まったソリューション群を組み合わせました。お客さまが求めるものが見つかるDevConを目指しますので、ぜひご来場ください。
その中でも目玉となるものが“e-AI”です。e-AIとはどのようなものかを、どのようなことができるのかを分かりやすくお伝えするために、スマートホーム、スマートファクトリー、スマートインフラの3つのユースケース別に、実際の利用シーンでのデモ展示を用意しました。
スマートファクトリーでは、e-AIを活用した異常検知や予知保全システムのデモを行います。冒頭で述べましたように1年前にe-AIによるエンドポイントのインテリジェント化がスマートファクトリーの入口であることを弊社那珂工場での実証実験で示しました。その結果、これまで見えなかったものが見えてきました。今回のDevConでは、さらに見えないものをどんどん可視化します。e-AIは取得したデータを自律判断しますので、判断後の情報量は元データに比べ 1/100〜1/1000 に削減可能です。この効果により、通信帯域が比較的狭いセンサーネットワークにも有効です。ロバスト性で実績のある電力線通信(PLC)との相性も優れていますので、e-AI と PLC とを組み合わせたデモを用意しました。これは今の工場にアドオン可能で、お客さまの資産を生かすソリューションです。
導入費用と期間には自信があります。担当者が会場で待っておりますので、ぜひ直接ご確認ください。
――スマートホーム、スマートインフラ向けのデモはどのようなものですか。
横田氏 スマートホームのデモでは、家電とヘルスケア機器を融合した生活シーンを具現化します。快適と安全をストレスなく無意識に提供するソリューションです。ここでは個人の活動や生体情報の活用が必要になり、プライバシー対策が必要条件になります。生活情報が外部にさらされるIoTネットワークなど心配ですよね。ルネサスでは、ローエンドからハイエンドまでセキュリティ搭載マイコン/MPU製品を整備しております。「デバイス、ネットワーク、情報」3つを守る組み込みセキュリティソリューションが、スマートホームでのプライバシー情報の活用を可能にします。エンドポイントでのe-AIは、プライバシー空間内にて処理が完結しますので、外部ネットワークへの情報の送信が不要になり、快適なリアルタイム性と、安全なセキュリティレベルを両立できます。
スマートインフラでは、リアルタイムなIoTネットワークが創造する新しい価値をご覧いただきます。エンドポイントでの機器同士のつながりは、機器単体やクラウドだけでは実現困難であったミリ秒の時間で「認識⇒判断⇒実行」を可能にします。DevConでは、判断するネットワークカメラシステムから、e-AIにて音や振動情報などを組み合わせ、故障予測や診断を行うソリューションまで、リアルタイムIoTネットワークの応用事例を複数用意しました。危険をカメラで監視するシーンなど、クラウドとの通信では手遅れになってしまうような場合でも、リアルタイム性に優れるe-AIならではの有効な用途の1つであると言えます。
――他にRenesas DevCon Japan 2017での見どころはありますでしょうか。
横田氏 検証済みのソフトウェア、開発環境をマイコンとともに提供するIoT向けの「Renesas Synergy Platform」と、2016年10月に発表した産業機器向け「RZ/G Linux Platform」と2つのプラットフォームをベースに構築したさまざまなデモを紹介します。これらはお客様に好評で、Renesas Synergyは1100件、RZ/Gは300件の商談が進行しております。もちろん、両プラットフォーム共に、e-AIソリューションにも対応し、AIを組み込むベースとなります。
また、ミリ秒のリアルタイム性能が要求される新市場サービスロボットに向けたデモも準備中です。e-AIが実現するセンシングと制御のインテリジェント化は、認識技術、コネクティビティ、モータ制御など複数のソリューションを組み合わせてお届けします。
――これからe-AIの提案を本格化されていきますが、e-AIによって、これから社会はどのように変わっていくと思われますか。今後の展望をお聞かせください。
横田氏 AI、ディープラーニング技術はかなり身近な存在になってきています。当たり前のように家電には、AIが組み込まれるという時代も来るでしょう。ですので、間違いなくe-AIは不可欠な技術になるとみています。
われわれは、1年以上前からe-AIに取り組んできたわけですが、徐々に、追い風が吹いてきています。これまでは、何でもクラウドで処理すればという考えが大半でしたが、全てが全てをクラウドで処理していては追い付かないという認識が広がり、すでに40社以上のお客さまからの問い合わせが示す通り、われわれのe-AIという考え方に賛同いただける企業が増えてきたと実感しています。
想定以上に早い段階で、e-AIは広く普及するのではないかと思っています。実証実験で得られた成果をすべてのスマート市場でご利用いただくために、e-AIをすぐに活用できるソリューションとしてルネサスがグローバルに整備提供し、各国のSIerとのコラボにて広く世界のエンベデッド市場をけん引してまいります。
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提供:ルネサス エレクトロニクス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2017年4月20日
ルネサス エレクトロニクスは2017年11月27日、製造装置に、異常検知機能や予防保全機能など、AI(人工知能)を活用したインテリジェント機能を容易に付加できる「AIユニットソリューション」を開発し、販売を開始したと発表した。
ルネサス エレクトロニクスは2017年10月27日、子会社であるIntersil(インターシル)の社名を2018年1月1日付で「Renesas Electronics America」に変更すると発表した。