マルチバンド(多周波)対応の小型GNSS受信モジュールが、ついに量産市場向けに投入される。u-blox(ユーブロックス)のGNSSプラットフォーム「F9」の最初の製品となる「ZED-F9P」である。これまでは手が届きにくかった、サブメートル級、センチメートル級の測位技術を、より手軽に使えるようになる。
自動運転技術や高精度ナビゲーションシステム、ロケーションシステムの開発が進む中、サブメートル級あるいはセンチメートル級という高精度で測位できる衛星測位サービスに対するニーズは、これまで以上に高まっている。
高精度衛星測位サービスを量産市場で実用化できるようにするには、GNSS(全球測位衛星システム)の整備とともに、もう1つ重要な要素がある。それが、量産市場に向けた小型で低価格のGNSS受信モジュールの開発だ。既存の受信器や受信モジュールは極めて高価で、量産市場ではとても採用できないのが実情である。
だが、この障壁を打開できる量産市場向けのGNSSプラットフォームと受信モジュールが登場した。スイスu-blox(ユーブロックス)の「u-blox F9(以下、F9)」と「ZED-F9P」である。最大の特長は、お手頃価格で、複数の周波数帯の信号を受信できる多周波(マルチバンド)対応という点だ。
u-bloxは2016年に、F9の前世代品である「NEO-M8P」を発表している。外形寸法がわずか12.2×16.0×2.4mmのパッケージに、GNSSだけを用いて誤差数cmの精度を実現するリアルタイムキネマティック(RTK:Real Time Kinematic)方式のアルゴリズムを搭載。これまで10万円以上で大型だったGNSS受信器を小型化、しかも価格を10分の1程度にできるモジュールとして、発表と同時に大きな反響を呼んだ。ただし、NEO-M8Pは、1周波対応の製品だった。
ユーブロックスジャパンは2018年3月30日に、東京都内で「マルチバンドGNSSレシーバーデビューセミナー」を開催。u-bloxのProduct Center PositioningでDirector Product Line Managementを務めるPeter Fairhurst氏が、F9について解説する講演を行った。
F9は、GPS、Galileo、GLONASS、BeiDouから「L1/L2/L5」の信号を受信する。特に、L5の信号は、山や建物に電波が反射することで起きるマルチパス誤差に対する耐性が高く、誤差を抑えることができる。マルチバンド対応によって電離層による誤差が抑えられ、L1のみを受信するNEO-M8Pに比べると、高精度測位の安定性が向上するとともに、収束時間を大幅に短縮できるようになった。
F9は、NEO-M8Pと同様にマルチコンステレーション対応だが、サポートするGNSSが増えている。NEO-M8PではGPS、GLONASS、BeiDouのみに対応していたが、F9ではこれらに加えて、Galileo、NAVIC(Navigation Indian Constellation)にも対応する。これにより、測位精度がさらに向上した。
これらの特長からF9は、スタンドアロンで使用した場合でもサブメートル級の精度を実現できるようになっている。さらに、補正データ(SSR、MADOCA、CLAS)と組み合わせれば、センチメートル級の高精度測位も可能だ。
Fairhurst氏は講演で、F9とNEO-M8Pの測位精度を比較した結果を示した。
上のグラフは、RTKを利用したときの収束時間と高精度測位を維持した時間を比較している。グラフ上の赤い円で囲まれたエリアを見ると、F9の方が収束時間が短いことが分かる。Fairhurst氏によれば、NEO-M8Pの平均的な収束時間は60秒以下だが、F9では10秒以下にまで短縮されるという。グラフで、背景が薄い青のエリアは、cm精度を維持しているところになる。F9の方が青い部分が多く、cm精度を維持している時間が長いことが見て取れる。
F9は、補正データの提供方式として従来のOSR-RTK(Observation State Representation)に加え、新たにSSR方式のRTK(State Space Representation、以下、SSR-RTK)にも対応している。
NEO-M8Pは、u-bloxが独自に開発したOSR-RTKアルゴリズムを搭載することでも注目されたが、F9では、SSR-RTKのアルゴリズムを搭載することで、cm精度を実現するための補正データを受け取れるようになっている。
従来のOSR-RTKでは、受信器は「移動局から10km以内の基地局で生成されたOSR補正データ」を使用する必要がある。そのため、膨大な数の基地局が必要になる上に、基地局と移動局との間で位置情報データをやりとりしなくてはならず、コストが高くなるという課題がある。
一方のSSR-RTKでは、SSR補正データがインマルサットやみちびきから送信されるので、何千機も基地局を設置しなくても全世界をカバーでき、日本国内でも北海道から沖縄まで、共通の補正データを受信してcm精度を実現できるようになる。F9は、「インマルサットやみちびきからSSR補正データを受信するだけ」で、世界中どこにいてもcm精度を実現できるのである。
F9はこの他、NEO-M8Pでは対応していなかったSBAS(Satellite-Based Augmentation System)など主要な補正サービスもサポートする。
u-bloxは、スイス・チューリッヒ近辺のハイウェイで2時間テスト走行を行い、F9の測位精度を検証した。Fairhurst氏は、その結果を講演で共有した。
F9の測位精度は、CEPでは水平で10cm、垂直で4cm、RMSでは水平で85cm、垂直で1mと、NEO-M8Pに比べて向上していることが分かる。
さらに、F9はオプションで推測航法を搭載でき、条件が厳しい都市環境においてcm精度を確保できるようになる。
補正データのサービス提供について、2017年、u-bloxに大きな動きがあった。Fairhurst氏によれば、上記で述べたような有償サービスは、年間のコストが、1デバイス当たり約1000米ドルにも上る場合もあるという。これは、量産市場向けのデバイスで使用するにはかなりの負担だ。そこでu-bloxは2017年8月、Bosch、Geo++、三菱電機とともに、SSR補正データを低価格でインターネット配信するための合弁会社Sapcorda Services(サプコルダサービス)を設立することで合意したと発表した。Fairhurst氏は、「Sapcorda Servicesによって、補正情報の取得も含めた、システム全体のコストを低減できるようにすることを目指す」と述べる。
u-bloxは、F9を、メートル級精度向けとcm級精度向けに最適化し、受信する周波数帯が異なる「オプションA」と「オプションB」の2種類用意した。
オプションAは、GPS、Galileo、GLONASS、BeiDouからL1/L2/L5を、オプションBは、GPS、Galileo、BeiDouからL1/L5を受信する。u-bloxは、各GNSSの整備やRTK対応の予定といった状況から、RTK測位を行う場合には、2020年まではオプションAの使用を推奨している。
u-bloxは、RTK(従来のRTKまたはSSR-RTK)を搭載した「ZED-F9P」を2018年内に、RTKおよび推測航法を搭載した「F9K」を2019年にリリースする予定だ。D9のサンプル出荷は、F9の後になる。F9を搭載した評価ボードは、NEO-M8P評価ボードの約1.5倍の価格帯になる見込みだという。ユーブロックスジャパンは、「NEO-M8Pを搭載した開発評価用ボードのオンラインショップ価格は399米ドルなので、それと大幅に異なる価格帯にはならない予定だ」としている。
セミナーには、内閣府宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室 戦略室長代理を務める小暮聡氏が登壇。みちびきの整備や民間利用実証の最新状況を紹介した上で、みちびきを使ったサービスの開発と普及には、低コストの受信チップや受信モジュールが不可欠だと強調した。小暮氏は「特に、サブメーター級測位補強とセンチメーター級測位補強向けの受信器がまだ普及していない」と述べ、今後の受信機メーカー各社の受信器の小型化、低価格化への期待を表明するとともに、F9のような低価格モジュールを用いた準天頂衛星システムの利活用拡大へ大きな期待を寄せていることを示唆した。
2016年、受信器の小型化と低価格を目指してNEO-M8Pを発表したu-bloxは、さらに完成度を増したF9を投入する準備を整えている。Fairhurst氏は、「F9によって、センチメートル級の高精度測位技術が、ようやく量産市場で使えるようになる」と強調する。F9は、走行レーンレベルでナビゲーションが可能な次世代カーナビ、ロボット芝刈り機、大型トラックの自動走行、ドローンの自動飛行など、高精度測位を必要とするさまざまなアプリケーションの実用化を加速する大きな原動力となるだろう。
本記事で紹介した製品は、以下の展示会で、ユーブロックスジャパンのブースにてご覧いただけます。
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提供:ユーブロックスジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2018年6月8日
本記事で紹介した製品は、以下の展示会で、ユーブロックスジャパンのブースにてご覧いただけます。