「電気自動車(EV)」や「自動運転車/コネクテッドカー」など、自動車産業は大きな転換期を迎えている。ECUに搭載されるソフトウェアは複雑で、実装される量も桁違いに増える。ECUソフトウェア開発工程をトータルにサポートするETAS(イータス)。その日本法人で社長を務める横山崇幸氏は、「車載ソフトウェア開発の効率改善につながるソリューションを提供したい」と話す。
――2017年2月に、日本法人の社長に就任されました。現在の取り組みを教えてください。
横山崇幸氏 当社は、車載ソフトウェアなどの開発を効率よく行うためのツールやエンジニアリングサポートを中心に、革新的なソリューションを提供してきた。特に、技術革新が著しい自動車産業において、重要な役割を担ってきた。日本でも車載ソフトウェア開発の効率改善に貢献できたと自負している。
現在は大きく2つの課題に取り組んでいる。世界市場で75%のシェアを持ち、主力事業となっている統合制御開発環境「INCA」のさらなる拡大と、INCA以外の新たな事業について、構成比率を拡大することである。
――中期計画も策定されています。
横山氏 全社ベースの売上高を、2022年には現在の2倍に拡大する計画がある。現在は、INCAの事業規模が全体の約60%を占める。残りがラピッドプロトタイピング製品、モデルベース適合ツール製品、セキュリティ製品、AUTOSAR関連製品などである。この中で、2022年に向けて最も伸びを期待しているのがセキュリティ製品だ。全売上高の中で30%の構成比を見込んでいる。主力のINCA事業も引き続き規模は拡大するが、構成比率としては40%程度に下がる見通しである。日本市場でもほぼ同じ傾向となるだろう。
――事業拡大に向けてサポート体制はどうなりますか。
横山氏 顧客の近くで技術支援の体制を強化したり、顧客に対するトレーニング機能を強化したり、将来に向けてエンジニアを増強したり、レジデントエンジニアリングの強化に取り組んでいる。
――業界で75%のシェアを確保しているINCA事業をさらに拡大するために、どのような活動を行いますか。
横山氏 INCAは、車載制御ユニットの計測や適合、故障診断、ラピッドプロトタイピングの統合環境であり、関連するほとんどの企業に導入されている。こうした中で、実走行時の排出ガス(RDE:Real Driving Emissions)規制などについて、世界で法制化が進んでいる。INCAをベースとしたRDE計測ソリューションは、適合初期段階におけるRDE予測からフリーテストでの全RAM計測、データの収集・管理を効率よく行えるのが特長だ。
実車テスト時の安全性を高めるタッチパネル一体型モニターなども用意している。こうしたRDE試験への対応や、EV/自動運転車の開発加速などが、INCAの需要拡大を後押しするだろう。
――日本市場での動きはいかがですか。
横山氏 日本市場でも、RDE試験に対する要求はこれから高まるだろう。それに加え、日本ではまだ、INCAの機能が十分に使いこなされていないように思う。個人的な意見だが、活用されているのはINCAが備えている機能の20%程度ではないだろうか。搭載されている機能を使いこなすだけでも、これまで以上にソフトウェア開発の効率を高めることができる。
INCAに追加して、適合計測・解析作業を自動化できる「INCA-FLOW」の活用もその一例である。また、高精度モデルを容易に作成するためのモデルベース適合ツール「ASCMO」を利用すれば、計測するデータが少なくて済み、誤差がわずか3%の高精度モデルを自動的に作成することができる。これにより、適合作業の時間や工数の短縮など、開発負荷を軽減することが可能となる。顧客の現場で技術サポートなどを行いながら、開発効率を改善するためのソリューションを提案したい。
――今後、大きな成長を期待するセキュリティ事業への取り組みを教えてください。
横山氏 自動運転車やコネクテッドカーは、インターネットに常時接続される。そして、走行中の車両情報や周囲の道路状況といったデータを収集/分析し、車車間や車路間での送受信を行いながら、安全かつ快適に走行する機能が求められる。このため、車載用ECU(電子制御ユニット)はもとより、バックエンドのサーバ側でもデータを保護し、安全な運用を行うためのセキュリティ機能が重要となる。
当社のグループ会社であるescrypt(エスクリプト)は、自動車に必要となるセキュリティについて、包括的なソリューションを提供している。最初のステップで採用されたのが組み込みシステム用暗号ライブラリー「CycurLIB」である。MISRAとANSIに準拠しており、FIPSの高いセキュリティ標準を満たす。
次のステップでは、ハードウェアセキュリティモジュール用のソフトウェアスタック「CycurHSM」が注目された。パワートレインなど重要な部分のECUに実装されてきたが、最近はワイパーや後部ドアの開閉などを制御するECUにまでCycurHSMが搭載されるようになった。今後も市場は拡大する見通しだ。
セキュリティに対する新たな波は、外部からのサイバー攻撃に対して、確実に車載システムを保護することである。このため、イータスでは侵入検知と防御を行う包括的なセキュリティソリューションを提供している。ECUに実装され車内通信において悪意ある通信をリアルタイムに検出するコンポーネント「CycurIDS」や、サイバーセキュリティセンター側のサーバに実装して、攻撃パターンのデータベースを参照し脅威を識別する「CycurGUARD」を用意した。ゲートウェイ装置向けのファイアウォール「CycurGATE」もサポートしており、既存のシステムと容易に統合することができる。
――サイバー攻撃による危険性はますます高まります。
横山氏 組み込みシステムにおける高いセキュリティを確保するため、「暗号ライブラリー」「ソフトウェアスタック」「侵入検知&防御ソリューション」と3段階で対応している。米国ではサイバー攻撃に対して、サイバーセキュリティセンターなどを設け、サイバー攻撃をモニターし、検知・阻止するためのシステム導入を法制化する動きもある。欧州では既に包括的なセキュリティソリューションの運用を始めている地域も出てきた。
こうした状況から、製品のライセンス数は2018年より増え続けている。セキュリティに関しては、製品のライセンスビジネスに加え、専門家によるコンサルティングや包括的なエンジニアリングサービス、オンサイトサポートなども用意した。
――HiL(Hardware in the Loop)システムへの取り組みを教えてください。
横山氏 当社のソリューションは、市場で強みを持つINCAをベースにINCA-FLOWやHiLと連動させることで、開発効率を一段と高めることができる。カスタマイズなど柔軟性にも優れており、HiL市場でもシェアを拡大しているところだ。
現在はHiL市場で2つのアプローチを行っている。1つはネットワークHiLシステム。20〜30台のHiLシステムをネットワークで接続すれば、100〜150個分のECUを一括してシミュレーションすることができる。これは自動車1〜1.5台に搭載されるECU数に相当する。
もう1つは、バーチャルテスト環境「COSYM」である。コンポーネントモデル「MiL(Model in the Loop)」やソフトウェア「SiL(Software in the Loop)」、HiLをシームレスにつないで動作を検証することができる。ここでの強みは、Cモデル、ASCMOモデル、Simulinkモデルさらには、OEMのプラントモデルまで、さまざまなモデルを柔軟に組み込むことができることだ。
――導入効果も出ているようですね。
横山氏 欧州ユーザーの事例だが、ガソリンエンジンの排ガスシミュレーションを行ったところ、3〜4%もCO2を削減できたという報告がある。その上、短時間で最適なパラメーターを探し出すことができたと聞いている。一例だが、これまではキャリブレーションに、8週間も時間を要していたが、それを1.5日に短縮できたケースもあるという。
将来は、AI(人工知能)技術をECUに搭載し、必要に応じてキャリブレーションを実行することも可能となるだろう。これにより、エンジンの経年劣化、外気温など使用環境に変化が生じた場合でも、車両自体で柔軟に対応することができるようになる。
――複雑なシステムの分析や開発を行うためのツール「SCODE-ANALYZER/SCODE-CONGRA」が注目されています。
横山氏 ECUソフトウェア開発ツール分野で「ゲームチェンジャー」と呼ばれている製品だ。システム設計者はSCODE-ANALYZERを用いて、システムの振る舞いを決定するパス(条件分岐)をテキスト形式で記述すれば、システムを複数のモードに分割してモード間の相互依存性を視覚的に表現できる。さらに、システムの分割と遷移条件に問題がないか、不必要な記述がないかどうかを自動で評価する。
このツールを活用すると、ソフトウェアのソースコードを従来に比べ15%もコンパクトにできることが実証されている。併せて、テストケースの自動生成も可能である。技術者が開発したテストケースに比べて、7〜8%も小さくできる。
SCODE-CONGRAは、数学的に記述された関係性をインタラクティブなグラフで表示する。また、全ての入力について演算可能性を検証し、バックグラウンドで数学的処理を自動で実行するなど、ソフトウェアの実装に必要な分析や機能を提供する。
エンジン制御用ソフトウェアには100個以上の数式が使われている。数学的処理を自動で行うため、技術者自身が数学的処理を行う場合に比べて、ソフトウェア開発の効率は50%も改善できる。SCODE-CONGRAを導入する手間を差し引いても、開発効率は30%改善できるだろう。
――AUTOSAR AP(Adaptive Platform)がホットな話題となっています。
横山氏 イータスでもアーリーアクセスプログラムを実施している。用意した「RTA-VRTEスターターキット」は、Boschの協力を得て開発した評価用プラットフォームである。ライセンス契約を行った顧客に対して、現在はAUTOSAR APのトライアル版を出荷している状況だ。3カ月ごとにアップデートしている。2019年第1四半期(1〜3月)にも正式版を出荷する予定である。規格部分のソフトウェアだけでなく、ハイパーバイザーやOTA(Over the Air)など、AUTOSARを使いこなすために必要となるソフトウェアも含めて、包括的にサポートしている。これを活用することで、AUTOSAR APに対応するソフトウェア開発のコストを削減することができる。
――車載システム開発ではV字モデルの手法が定着しています。V字の入口と出口の工程に利用される開発ツールで高いシェアを持つイータスは、とても大きい存在です。
横山氏 自動運転車/コネクテッドカーの開発が本格化し、搭載されるソフトウェアの量はこれまで以上に膨大となる。モデルベース開発もHiLシステムだけでは十分に対応することができなくなった。開発の初期工程に負荷をかけて作業を行うことも不可欠である。MiLやSiLの段階で、早期に不具合をなくす必要がある。
イータスは、INCAをベースに、ASCMOやHiLシステムのLABCAR、SCODE-ANALYZER/SCODE-CONGRAなど、車載ソフトウェア開発に向けた統合ソリューションを提供している。セキュリティソリューションも含めて、顧客における開発の工数削減と工期短縮を実現するためのお手伝いをしたい。
――車載システム以外のビジネスについて教えてください。
横山氏 セキュリティ事業は、車載システム以外にIoT(モノのインターネット)やスマートシティーの領域にアプローチしたい。一般的なネットワークセキュリティはPCやサーバ上で動作している。これに対し、イータスが提供するセキュリティシステムは、組み込み機器などに搭載されている8/16ビットクラスのMCU上でもさくさくと動くのが特長だ。
――セキュリティ技術も含めた車載ソフトウェア開発に関するシンポジウムを開催し、関連する技術者に最新の情報提供を行われているようですね。
横山氏 2018年は10月5日に東京・品川の「東京コンファレンスセンター・品川」で開催する予定だ。イータスの「車載制御・組み込みシステム開発シンポジウム」は、一般的なユーザー会とは異なり、オープンなシンポジウムである。車載ソフトウェアやセキュリティのユーザーに対して、最新の情報や開発プラットフォームを提供している。2017年の参加者は400人を超えるなど、その規模は年々拡大している。車載ソフトウェアやセキュリティにかかわる技術者はぜひ参加してもらい、最新情報を入手していただきたい。
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提供:イータス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2018年9月20日