車載アプリケーションでは、リアルタイムでセンチメートル級の高精度測位を行う技術を求められるようになっている。だが、こうした要件に応えられる既存のGNSSレシーバーは非常に高価で、大衆車に搭載するのは難しい。u-blox(ユーブロックス)の新しい「ZED-F9K」は、コスト面での課題を打破し、高精度測位を大衆車でも採用できる道を開く製品になりそうだ。
カーナビゲーションシステムやeCall(緊急通報)、ADAS(先進運転支援システム)、V2X(Vehicle to everything)通信、自動運転など、自動車では高精度な測位を必要とするアプリケーションが増加している。しかも、eCallや自動運転のように、生命に関わるアプリケーションも多い。こうした用途では、衛星信号を取得しやすいオープンスカイの環境だけでなく、都市部やトンネル内といった環境においても、“道路”単位ではなく“道路のレーン”単位で測位できるようなセンチメートル級の高精度測位を、リアルタイムで行える技術が求められている。
だが、これらの要件に応え得る既存のGNSS受信モジュールは、数十万円以上と極めて高価な製品が多く、普及価格帯の一般車に搭載することは難しい。
そのコスト面の課題を解決し、大衆車にも高精度測位システムを搭載できる可能性を開く製品が登場した。スイスu-blox(ユーブロックス)が手掛けるGNSSプラットフォーム「F9」の新製品「ZED-F9K」である。
ZED-F9Kは慣性センサーを搭載し、RTK(Real-Time Kinematics)を組み込んだGNSS受信モジュールで、同社が2014年に発表した「NEO-M8L」の後継品種となる。u-bloxのProduct Center PositioningでProduct Managerを務めるAlex Ngi氏は、「NEO-M8Lはカーナビゲーションシステムやスマートフォンなどに採用されているが、ZED-F9KはNEO-M8Lに比べて10倍の性能を実現している」と強調する。
NEO-M8Lは、1つの周波数帯の信号を受信する1周波(シングルバンド)対応の製品だが、ZED-F9Kは、複数の周波数帯の信号を受信する多周波(マルチバンド)対応だ。L1/L2/L5の信号を受信する「オプションA」と、L1/L5の信号を受信する「オプションB」があり、現在はオプションAが提供可能になっている。オプションBは2020年第2四半期から提供を開始する予定だ。帯域幅を広く取れることから、NEO-M8Lでは1m級だった測位精度が、ZED-F9Kでは10〜20cmの精度で測位できるようになる。さらに、更新レートが最大30Hzと高いので、低遅延測位が可能だ。
ZED-F9Kは、車載アプリケーション向けの測位に必要なコンポーネントとソフトウェアを1パッケージに搭載したターンキーソリューションである。具体的には、ジャイロと加速度センサーの他、LTEを使った補正サービス、車輪の回転速度を提供するための「ホイールティック(Wheel Tick)」、自動車の挙動を基に現在位置をより正確に推測するためのアルゴリズム「ダイナミックモデル(Dynamic Model)」を、17×22×2.4mmの小型パッケージに搭載した。
重要なのは、これを安価に実現しているということだ。「ZED-F9Kは10cmレベルの精度を担保している。他社製品でもZED-F9Kと同様の機能を搭載し、同等レベルの精度を実現するものもあるが、非常に高価なので大衆車に搭載することは難しい。それに比べてZED-F9Kは、レファレンスシステムで比較するとコストを約100分の1に抑えることができる」(Ngi氏)
もう一つ、ZED-F9Kの大きな特長が、10cmレベルの高精度測位をどのような環境でも維持できるという点だ。
u-bloxがハイウェイと都市部でZED-F9Kの性能を実験したところ、ハイウェイでは、「測位データの50%が半径6cmの円内に収まる」という結果を得られた。つまり、計測点のバラつきが非常に低いことを示している。建物や街路樹で衛星が遮蔽される都市部においても、測位データの50%が半径40cmの円内に収まった。「都市部では、天空遮蔽率が60度という環境にもかかわらず、10cmレベルの高精度測位を維持できた。しかも、帯域幅が広くジャイロと加速度センサーを内蔵したZED-F9Kは、IMU(Inertial Measurement Unit)を使わなくても衛星信号を取得できる。そのため、デッドレコニング(自律航法)の期間がなかった」(Ngi氏)
ZED-F9Kは、NEO-M8Lに比べて、使用する衛星の数が多いことから、オープンスカイおよび、都市部のいずれにおいても測位精度を大幅に向上している。ただし、その分、アンテナを再設計する必要があるので、NEO-M8Lから簡単に置き換えられるわけではないとNgi氏は付け加えた。
Ngi氏は、「車載アプリケーションで求められる測位の要件は、この数年間で大きく変わった」と述べ、自動車向け測位技術の市場では変化が早くなっていると強調する。自動運転の開発を加速し、次世代の交通インフラとして注目が高まるMaaS(Mobility as a Service)の拡大を図るには、センチメートル級の高精度測位をリアルタイムで実現できる技術が大衆車に搭載されることが不可欠だ。ZED-F9Kは、自動車業界のトレンドをけん引する役割を果たすことになるだろう。
u-bloxのF9プラットフォームには、今回発表したZED-F9Kの他、既存の「ZED-F9P」がある。ZED-F9Pは、ZED-F9Kと同様にマルチバンドだが、ジャイロと加速度センサーを搭載しておらず、農業用トラクターやドローンなど、車載アプリケーションほど高精度な測位精度は求められない用途に向ける。
ユーブロックスジャパンが主催した「High precision GNSSセミナー」(2019年5月28日、東京)では、ZED-F9Pを実際に使用した大学の研究者や企業の開発者が評価結果を紹介し、多くの来場者が熱心に聞き入っていた。
三菱電機 三田製作所 カーマルチメディアシステム部の毛利篤史氏は、車載向けCLAS(Centimeter Level Augmentation System)測位ユニットの開発事例を紹介。ZED-F9Pを使った定点観測時および走行試験時の測位性能や、他社のGNSSレシーバーを使用した場合とのCLAS測位比較結果について説明し、「RTK(リアルタイムキネマティクス)/VRS(仮想基準点)測位で十分な性能を保有しているZED-F9Pは車載向けCLAS測位用途でも十分利用可能である」と評価した。
デンソー AD&ADAS電子技術部の武藤勝彦氏と古本隆人氏は、同社が開発中の「ADAS(先進運転支援システム)ロケーター*1)」への応用に向け、ZED-F9Pを使用した際の実証実験結果を披露した。実証実験では、補強情報としてGPAS社が事業化を検討しているMADOCA*2)を用い、また測量分野向けとなる高価なGNSSレシーバー「Trimble NetR9」(ニコン・トリンブル製)も使用し、ZED-F9Pの結果と比較した。両氏は「ZED-F9Pは測量級のGNSSレシーバーに近い性能に迫っており、今後、パラメーターの調整とアルゴリズムの改善を図ることで目標性能を達成できると考えている」と語り、システムの設計によっては、安価なZED-F9PがハイエンドのGNSSレシーバーの性能に近いレベルまで実現可能であることを示した。
*1)地図と現在位置を基に、人間の目では見えない前方の走路情報を提供する機器
*2)Multi-GNSS Advanced Demonstration Tool for Orbit and Clock Analysis。国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した、高精度測位に必要な補正情報を生成する技術
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提供:ユーブロックスジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2019年7月16日