静電容量センシングを使用したタッチUIは、デザイン性に優れ、摩擦による劣化がないなどの利点から急速に普及している。ただ、水ぬれやノイズに弱く、手袋を着けたままでの操作に不安を残すなどの欠点から、水回りの機器や産業機器での利用が一部制限されてきた。そうした静電容量センシングの弱点を全てカバーし、タッチUIの可能性を広げる誘導型センシング技術「MagSense」が登場した——。
水濡れに強く、手袋をしながらでも操作できるタッチユーザーインタフェース(以下、UI)を実現する技術『誘導型センシング』をご存じだろうか。
タッチUIと言えば、静電容量センサーを使用した静電容量ボタンが普及している。銅パターンなどの検出パネルと指などの間で生じる静電容量の変化で接触を検出する静電容量ボタンは、薄くて凹凸がないデザイン性に優れたUIを実現できる。また、機械式ボタンのように摩擦による接点の劣化などを考慮する必要もない特長を備える。
デザイン性、信頼性を高めたUIを実現する静電容量ボタンは、静電容量センシング機能を実現する手軽なデバイスが登場したことで、一気に普及し、民生機器や産業機器など幅広い用途で、従来の機械式ボタンを置き換えてきた。例えば、サイプレス セミコンダクタ(以下、サイプレス)のプログラマブルSoC「PSoC」は、静電容量ボタンの普及をけん引してきた代表的なデバイスとして挙げられる。PSoCの多くの製品は、サイプレス独自の静電容量センシングコントローラー「CapSense」を搭載し、専用のコントローラーICを追加することなく、容易に静電容量ボタンを実現できるようになっている。
CapSense搭載PSoCなどのデバイスの登場で、各種家電などのタッチUIの主流になってきた静電容量ボタンだが、万能ではなく、一部の用途では使用できないのが実情だ。例えば、浴室の給湯器リモコンには静電容量ボタンは使用が難しい。なぜなら、静電容量センシングは、水濡れに弱いからだ。水滴でも、指同様に静電容量が変化してしまうため、誤検出してしまう可能性がある。CapSenseでは、水滴と指を見分ける独自のアルゴリズムを導入し、多少の水濡れでも誤検知を起こさないようになっており、水回りで使用するような白物家電でも適用可能になっている。ただし、「ビショビショに濡れる可能性のある洗濯機や浴室内の機器などには、静電容量センシングは適用が難しい」(サイプレス 末武清次氏)と打ち明ける。
また、静電容量ボタンは“手袋を着けた指”の検知も、苦手だ。CapSenseは高感度検知により、ボタンから離れた指、すなわち、手袋越しの指も検知できるようになっているものの、得意とするところではない。手袋を着けたままの作業が多く、確実な検知が要求される産業機器などの領域では、採用が見送られてきた。また、産業機器用途では、さまざまなノイズ源があるため、静電容量ボタンの比較的ノイズに弱いという特性も敬遠されてきた要因の一つとして挙げられる。
このようにデザイン性に優れ、耐久力があり、構造もシンプルという静電容量ボタンだが、水濡れ、手袋、ノイズといった“苦手領域”が存在し、完璧なタッチUI技術というわけではない。ただ、くしくも静電容量ボタンの苦手領域を全て克服できるタッチUI技術が存在する。それが、冒頭に挙げた『誘導型センシング』だ。
誘導型センシングとは、コイルと金属との距離の変化で生じる誘導電流の違いを利用したもので、誘導型近接センシングとも呼ばれる。その検知能力は、薄い金属板を軽く指で押した際に生じる、ほんのわずかな金属板のたわみによる金属-コイル間の距離の違いも検知できるほどになっており、タッチUIが実現できるわけだ。
この薄い金属板とコイルというシンプルな構成で、静電容量センシング同様に薄型で、摩擦による劣化のないタッチUIを実現できる誘導型センシングは、実は古くから存在するセンシング技術だ。工場の生産ラインなどで金属製のものを検知するための金属近接センサーとして使用され、昨今では、産業機器のタッチセンサーとしても使用され始めている。金属とコイルの距離を検知するものであり、水ぬれで誤検知を起こす心配はなく、手袋をはめたままの指でも問題なく動作する。さらに検知部分(=コイル)を金属がまるでシールドのように覆うためノイズにも強い。まさに、静電容量センシングが不得手とする用途にうってつけの特長を持ち合わせているため、産業機器分野のタッチUIとして普及が始まりつつあるのだ。
とはいえ、まだまだ誘導型センシングは主要なタッチUIとはなり得ていない。なぜなら、静電容量センシングの普及をけん引するようなデバイスがなかったからだ。誘導型センシングによるタッチUIを実現するには、専用のコントローラーICとマイコンが必須。PSoCやマイコンにコントローラーが内蔵される上、開発環境が整う静電容量センシングに比べ、コスト面やソフトウェア開発面で使いづらかったことが普及を遅らせていた。
しかし、2019年に入り、誘導型センシングによるタッチUIの普及を加速させるデバイスが登場した。そのデバイスが「PSoC 4700シリーズ」だ。サイプレスは、「MagSense」と呼ぶ独自の誘導型センシング技術を開発し、PSoCに搭載してPSoC 4700シリーズとして発売した。このPSoC 4700の登場で、静電容量センシングと同様の使い勝手で誘導型センシングによるタッチUIを構築できるようになったわけだ。
PSoC 4700は、Arm Cortex-M0+コアを搭載するPSoCのエントリーレベル製品「PSoC 4ファミリ」の1シリーズであり、Cortex-M0+コアを搭載する低消費電力タイプのPSoCになっている。誘導型センシングを実現するMagSenseは、16個のセンサー(16入力)まで対応でき、多くの用途で1チップでタッチUIを構成できるようになっている。なお、MagSenseは、V字型の金属を用いることでスライダースイッチが、複数のコイルを用いればロータリースイッチが実現できる。またさまざまな形状のタッチスイッチのみならず、金属近接センサーとしても使用することが可能だ。
またPSoC 4700は、MagSense以外にも、A-Dコンバーターなどで構成されるプログラマブルアナログブロックなど多彩なペリフェラルを搭載している上、CapSenseも搭載している。そのため、PSoC 4700だけで、MagSenseによる誘導型センシングとCapSenseによる静電容量センシングを組み合わせた“ハイブリッド型タッチUI”も構築可能。タッチボタンの表面を金属とガラスで使い分けるなど、より自由度の高いタッチUIデザインが可能になる。
PSoC 4700は、PSoCの統合開発環境「PSoC Creator」が使用できる。既にPSoC Creatorは、MagSense設定機能が標準されており、簡単なマウス操作、パラメーター入力だけでソースコードを生成できるようになっている。また、将来的には、新しいPSoC向けの統合開発環境である「ModusToolbox」(=記事末参照)上でも、PSoC 4700および、MagSenseのソフトウェアを開発できるようになる見込みだ。
末武氏は「PSoC 4700により、誘導型センシングをタッチUIに使いやすい環境が整った。発売から間もないが多くの引き合いを得ており、これまでは一部の産業機器に限られた誘導型センシングの用途が大きく拡大する見込み」とする。
サイプレスでは、MagSense対応のPSoC 4700の用途として、産業機器をはじめ、水回りで使用される洗濯機などの白物家電や、デザイン性を重視するAV機器や車載機器など幅広い用途を見込んでいる。また「水に強く、金属で覆うという特長から完全防水構造を実現しやすいという利点から、ウェアラブル機器などでも多くの採用が見込める」(末武氏)としている。
「ModusToolbox」は、PSoCに対応する新しい統合開発環境として2018年から提供を開始している。IoT(モノのインターネット)関連の差異化製品の開発と、その早期市場投入を支援するというコンセプトのツール。PSoCとともに、サイプレスが提供するWi-Fi/Bluetoothデバイスにも対応し、PSoCとWi-Fi/Bluetoothデバイスをシームレスに、一体的に開発できるという特長がある。いわば、従来のPSoCの「PSoC Creator」と、サイプレス製Wi-Fi/Bluetoothデバイス用開発環境「WICED」が1つに統合された格好だ。
その他にも、クラウドサービスに接続するIoT端末の開発を促進するため、AmazonのAWSやMicrosoftのAzureといった主要クラウドサービスに接続に不可欠なソフトウェアライブラリが用意されている。
また最新バージョンでは、Amazon FreeRTOSのサンプルコードも標準搭載する他、Arm Mbed OSもサポートするなど、各種オープンソースOSへの対応も強化されている。
現状、ModusToolboxが対応するPSoCは、「PSoC 6ファミリ」のみだが、今後、PSoC 4700を含む「PSoC 4ファミリ」や「PSoC 5ファミリ」も加わる予定だ。
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提供:サイプレス セミコンダクタ
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2019年12月28日
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