IoT(モノのインターネット)機器の心臓部となるプロセッサコアで、大きな存在感を示すArm。半導体業界で水平分業という新たなビジネスモデルを展開し、半導体メーカーやセットメーカーとの連携で、業界の勢力図を大きく塗り替えた。そのArmも2020年11月には創立30年を迎える。近年はIPコア事業に加え、新規のIoT関連サービス事業にも力を入れる。日本法人の社長を務める内海弦氏は、「2020年は新規事業元年となり、実ビジネスが立ち上がる」と話す。
――2019年はArmにとってどのような年でしたか。
内海弦氏 Armはこれまで、IP(知的財産)としてプロセッサコアなど開発し、半導体メーカーなどにこの技術をライセンス供与してきた。基盤となるIP事業に加え、近年はISG(IoT Services Group)部門を設け、SaaS(Software as a Service)型のIoT関連サービス事業を強化してきた。新たな収益源と位置付けるこの事業で、これまでの活動成果が、形として見えてきた。
――それを感じるのはどのようなところですか。
内海氏 詳細はまだ明らかにできないが、日本市場でみると工作機械や農業といった領域で、IoT活用の可能性が高いことを体感している。IoT末端デバイスをつかさどるRFモジュールにもArmプロセッサが搭載されてきた。世界的にIoTを活用したシステム開発の動きは加速している。その中でも、日本市場におけるIoT関連事業の伸び率は大きく、IPコア事業の伸長率を上回る勢いだ。サービスにつながる流れが見えてきた。『機は熟した』と強く感じている。
――IoT関連事業が拡大する背景にはどのような理由があるのでしょうか。
内海氏 理由の1つとしてビジネスモデルの変化を挙げることができる。例えば、メインフレーム時代は半導体業界も、全ての工程を1社で行う垂直統合型のビジネスモデルで成長してきた。その後、PCの時代になると半導体業界も社外からIPを導入してICを設計し、外部のファブで製造する水平分業型のビジネスモデルが主流となった。
さらに、収集したビッグデータを分析し、価値のある情報として提供するIoTやデジタルトランスフォーメーションの領域では、再び垂直統合型のビジネスモデルとなった。IT市場を席巻している企業群、いわゆる「プラットフォーマー」がその代表例だ。
一方で、プラットフォーマー主導のビジネスモデルに危機感を募らせている企業も多い。そこでArmは、エッジコンピューティングやIoTの時代に向けて再度、水平分業型のビジネスモデルに移行するためのイノベーションを、パートナーとともに創造していくことを目指している。事業で得られる収益(富)も、一極集中ではなくパートナーに分配される仕組みとなっている。
――Armが取り組むIoT事業について、その特長などを教えてください。
内海氏 「ハイパースケーラー」と呼ばれる、大規模なデータセンターを運営するクラウド企業に多くが依存しているIoT関連サービスの一部を、当社が提供していく形となる。構成するレイヤーの一部はユーザー自身や他のパートナー企業で開発する必要がある。その半面、システムとしての自由度は高まる。収益が一極に集中しないというメリットもある。
具体的には、IoTの技術基盤となる「コネクティビティ管理」や「デバイス管理」「データ管理」と3つのレイヤーからなるプラットフォーム「Arm Pelion IoT Platform」を提供する。これらの技術によって、デバイスからデータまで一貫して管理できるIoT技術基盤の提供を可能にした。既に、さまざまな分野/業種の顧客から、高い評価をいただいている。
デバイス管理サービスは、IoTデバイスのライフサイクルマネジメントや、セキュアなソフトウェアアップデートなどを行う。コネクティビティ管理サービスは、買収したStream Technologiesの技術をベースとしており、適正価格で安全なローミングを可能にする。単一の契約で、世界の主な地域でサービスを行うモバイルネットワークにアクセスすることができる。
2018年8月には、データ管理のプラットフォームを展開するトレジャーデータ(Treasure Data)を買収した。Pelion IoT Platformは、さまざまなデバイスやデータ、あらゆるクラウドに対応できる機能を備えている。顧客が保有する個別のデータを追加することもできる。
――今後はAIや5G(第5世代移動通信)技術も重要になります。
内海氏 Armには、「優れた技術を有する企業があれば手を組む」という企業文化がある。既に1000社を超えるパートナー企業が存在する。これらの企業と連携しながら、適用するアプリケーションに最適な技術を提案していく。プロセッサも一部の組み込み向けCPUでユーザーがカスタム命令セットを追加できるようにした。例えばAI処理で新たなアルゴリズムが開発されても柔軟に対応することができる。
5Gに関しても、これまでは単体のSIMカードを端末に挿入して利用していたが、今後は埋め込み型SIM(eSIM, iSIM)として、SoCに統合される可能性がある。消費電力やセキュリティの技術を含めて、Armが得意とする部分だ。デバイス技術との連係で、特徴のあるサービスを提供できるのもArmの強みとなる。
――IoTサービスに関して、大日本印刷(DNP)との協業も発表されました。
内海氏 DNPが開発し、デバイスメーカーや金融機関などに供給している機器組み込み用セキュアエレメント「eSE」と、ArmのPelion IoT Platformを組み合わせることで、高いセキュリティ機能を備えたIoTサービスの提供が可能となる。2019年度末までにコンセプト実証(PoC)を終え、2020年度より本格的にサービスを始める予定となっている。
――IoT関連サービス事業の強化は、Armの事業戦略にどのような変化をもたらしますか。
内海氏 ビジネスの対象となる分野が格段に大きくなる。IPコアの市場規模は5000億円程度である。IPコアのロイヤリティーやライセンス料の収入だけでは増収に限界もあり、将来に向けての十分な開発投資を行えない可能性もある。
これに対し、半導体デバイス市場は40兆円、完成品市場は175兆円、IT関連への支出額は350兆円の市場規模という調査報告がある。Armがサービス事業を展開することで、より大きな市場にアプローチできることになる。
新たな市場に参入するには、Arm自身も分かりやすいサービスを増やしていくとともに、関連する人員の強化や販売チャネルの拡充などが必要だと考えている。内訳は明らかにできないが、全世界の従業員は直近の1年間で6%程度増えている。増分の多くがIoTサービス事業に関連する従業員である。日本法人でも、サービス事業にかかわる従業員を増やしているところだ。
――2020年はArmにとってどのような年になりますか。
内海氏 Armは1990年に英国で設立された。2020年11月には丸30年となり、大きな節目を迎える。冒頭に述べた通り、IoT関連サービス事業に取り組むISGは、これまで提案してきた案件が2020年より具体的な成果となり、利益を生み出していく元年となる。
ますます変化の激しい時代を迎え、創立30年という歴史に慢心しないで、『学び続ける組織』として自らも変化していかない限り、これから業界で生き残ることは難しいだろう。
――プロセッサIP事業ではいくつかの注目すべき発表もありました。例えば、CPUにカスタム命令を追加できる機能「Arm Custom Instruction」や、没入感あふれる映像体験を可能にする新型のプロセッサIPなどです。
内海氏 『Arm Custom Instruction』については、かなり大きな反響があった。Armv8-Mアーキテクチャ向けの新機能として、まずは「Arm Cortex-M33」CPUへの実装を予定している。SoC設計者はアプリケーションに特化した独自のカスタム命令を追加することができる。これにより、機械学習などに特化した処理を、従来よりも少ない消費電力で実行できる可能性もある。将来は、「Contex-A」シリーズや「Contex-R」シリーズでも展開する可能性は十分にあるだろう。
新型プロセッサIPとしては、機械学習用プロセッサ(NPU:Neural Processing Unit)「Arm Ethos-N57/N37」やGPU「Arm Mail-G57」、実装面積が小さいディスプレイプロセッサ(DPU)「Mali-D37」などの提供を始めた。
富士通と理化学研究所が共同で開発に取り組んでいるスーパーコンピュータ「富岳」のプロトタイプには、Arm SVE(Scalable Vector Extension)命令をサポートしたCPU「A64FX」が768個も搭載されている。富岳はスパコンの消費電力性能を示すランキング「Green500」で、世界1位を獲得している。
――IPグループとIoTサービスグループの強みが組み合わさったサービスの提供がArmの強みでもあります。
内海氏 IoTデバイスには省電力、高信頼性が要求される。この中にはArmのプロセッサコアを搭載したSoCが組み込まれている。IoTデバイス(モノ)のデータ収集/取得は日本企業が強みとする領域だ。これらのIoTデバイスデータと顧客(ヒト)のデータを融合させることで、新たな巨大ビジネスが生まれる。IoTは日本の新たな『産業のコメ』となる可能性が高い。
Armは、IoT社会をサポートするテクノロジーやサービスを提供していく。これらをベースに、顧客と一緒にイノベーションを創造していきたい。
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提供:アーム株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2020年2月14日