2022年1月、車載半導体大手メーカーのインフィニオン テクノロジーズは車載マイコン「AURIX」の新世代ファミリーになる「AURIX TC4x」を発表した。未来のクルマに向けた車載マイコンとして開発され、これまでの車載マイコンとは一線を画すアップグレードを遂げている。そこで本稿では、AURIX TC4xファミリーを詳しく紹介していこう。
未来のクルマのために全てをアップグレードした――。
2022年1月、車載半導体大手メーカーのインフィニオン テクノロジーズは車載マイコン「AURIX」の新世代ファミリーになる「AURIX TC4x」を発表した。大きな変貌を遂げるであろう未来のクルマに向けた車載マイコンとして開発され、従来世代から大幅な高性能化が図られた他、さまざまな新機能を搭載。まさにこれまでの車載マイコンとは一線を画すアップグレードを遂げており、これからの自動車開発において注目すべき車載マイコンと言える。そこで本稿では、AURIX TC4xファミリーを詳しく紹介していこう。
AURIX TC4xファミリーは、2014年に発売された「AURIX TC2x」を初代とするインフィニオンの主力車載マイコン「AURIX」の第3世代ファミリーに相当する。第1世代のAURIX TC2xファミリーおよび、第2世代のAURIX TC3xファミリーは合わせて3億2000万個以上の出荷実績を誇り、車載市場で大きな信頼を得たマイコンといえる。
AURIXが搭載するCPUコアは、インフィニオン独自のCPUコア「TriCore」。「DSP」「RISC」「MCU/MPU」という3つの機能を統合したCPUコアであり、TriCore搭載マイコンの累計出荷数は既に8億4500万個に達している。2022年内には累計出荷10億個を突破する見込みであり、こうした実績からもAURIX、TriCoreが車載市場で大きな信頼を獲得していることが分かるだろう。
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン オートモーティブ事業本部マイコン製品担当シニアダイレクターの赤坂伸彦氏は「TriCoreは元々、自動車の中でも最も高い信頼性、安全性、性能が要求されるエンジン制御を筆頭にしたパワートレイン制御向けに開発したコア。1999年の登場以来しばらくは、パワートレインでの採用が中心だったが、信頼性、安全性、性能を兼ね備えたコアとして応用範囲が広がり、昨今ではシャシー制御やADAS(先進運転システム)、テレマティクスECU、ゲートウェイECUなどあらゆる車載用途で採用されるようになった」とする。
TriCoreを搭載する最新世代の車載マイコンであるAURIX TC4xファミリーも、あらゆる車載用途のニーズに応える製品群として、充実したラインアップがそろう見込み。「前世代のAURIX TC3xファミリーを上回る製品シリーズ、製品種を取りそろえ、あらゆる車載用途で使用できる製品ラインアップを提供する。特に、これまでのAURIX TC3xファミリーやその他の車載マイコンではカバーできなかった高性能、高機能、高信頼を求める領域、すなわち、これから生まれてくる将来のニーズを満たすことができるだろう」(赤坂氏)
AURIX TC4xファミリーが満たす将来ニーズとはどのようなものだろうか。赤坂氏は、次の5つのニーズを挙げる。
こうしたニーズに、AURIX TC4xファミリーはどのように応えていくのか。それぞれ詳しくみていこう。
これまでの自動車開発における車載マイコンの選定では、制御や処理内容に応じて過不足のない最適な性能、機能を備えたマイコンが選択されてきた。必要以上の性能や機能は無駄になり、コスト増になるだけだったからだ。
しかし、昨今ではこれまでは最適化重視だった車載マイコンの選び方にも変化が生じている。その背景には、自動車の急速な進化が挙げられる。
ご存じの通り、「Connected」(コネクテッド)、「Autonomous/Automated」(自動化)、「Shared」(シェアリング)、「Electric」(電動化)といったトレンドの頭文字をとった「CASE」という言葉に代表されるように、自動車は急速な進化を遂げている。そうした中では、開発着手時には想定していなかった新機能を急きょ搭載しなければならないというようなケースも増えている。仮に、想定していた機能に最適なマイコンを選んでいた場合、新機能を追加する余地が残っておらず、搭載をあきらめざるを得なくなる。さらに昨今では、無線を介してソフトウェアをアップデートするOTA(OverーThe-Air)が実用化段階にあり、市街を走る自動車さえも走りながら進化できる環境にある。マイコンに成長の余地、ヘッドルームがない限り、そうした成長は実現できない。車載マイコンには「成長のためのヘッドルーム」が不可欠になりつつあるのだ。
そこでAURIX TC4xファミリーは、成長のためのヘッドルームを十分に確保できる極めて高い性能を備えている。
まず、AURIX TC4xファミリーの核であるTriCoreが「バージョン1.8」(以下、TriCore v1.8)に進化し、最大動作周波数が前世代の300MHzから500MHzに高速化。同コアを最大6個搭載し、「(自動車安全水準の最高クラスである)ASIL-D処理性能において、前世代比で60%向上した」(インフィニオン テクノロジーズ ジャパン オートモーティブ事業本部マイコン製品担当プロダクトマネジメントマネージャー 木寺俊郎氏)という。
CPUコアの進化に加えて、CPUコアに頼ることなくさまざまな処理が行えるハードウェアアクセラレーター群も大幅に強化。並列処理ユニットのPPUをはじめ、データルーティングエンジン(DRE)や信号処理ユニット(SPU)、ハードウェアセキュリティモジュール「CSRM/CSS」で構成する「AURIX Accelerator Suite」を搭載。「TriCore v1.8と、AURIX Accelerator Suiteの組み合わせによって、前世代のAURIX TC3xファミリーよりも最大3倍の性能向上を実現した」(木寺氏)とする。
フラッシュメモリ容量も、前世代品の最大16Mバイトから最大25Mバイトにまで拡大。その他にも、eGTMタイマーや、デジタル電源制御にも使用できる高分解能PWM、PPUとの低遅延インターコネクトを実現する新規内部バスなど、よりリアルタイムな制御を実現する新規ペリフェラルを搭載。対応インタフェースも5Gbpsイーサネット、PCI Express、10BASE-T1S、CAN-XLなど、従来よりも一段と高速なネットワークに対応している。
このようにAURIX TC4xファミリーは、将来のニーズを見据え、これまでの車載マイコンでは届かなかった、高い性能を備える。ただ、AURIX TC4xファミリーの特長は、単純に性能が高いだけではない。
「パワートレイン用途から普及が始まったAURIXは、高い性能とともに、高い信頼性/安全性を兼ね備えるという点が大きな特長になってきた。新世代のAURIX TC4xファミリーも、高い性能に見合う、信頼性、安全性を備えている点が大きな特長だ」とする。
AURIX TC4xファミリーは、さまざまな堅ろう性に関するベンチマークテストで優れた値を残してきたAURIX TC3xファミリーの安全/信頼性コンセプトを踏襲しながら、よりこれらを高めるための新機能を搭載。AURIX TC3xファミリーの安全性/信頼性関連機能をそのまま再利用できる上に、より高い性能を付加できるようになっている。
具体的には、最新機能安全規格「ISO26262-2018」に準拠したASIL-Dレベルまでの機能安全をサポートする他、今後、対応の義務化が見込まれる自動車サイバーセキュリティ規格「ISO/SAE 21434」を、新しいハードウェアセキュリティモジュール「CSRM/CSS」でサポートした。「ISO/SAE 21434への対応が必須になりつつある中で、いち早く車載マイコンとして対応していく」(木寺氏)とし、安全性、信頼性においても、AURIX TC4xファミリーが一歩先を行く車載マイコンであることが分かるだろう。
これからの自動車開発を見据えた際に、より重要性が増してくるのが、機械学習、いわゆる人工知能(AI)だ。より高度なADAS、自動運転システムを実現するために、自動車におけるセンサー搭載数は増え続けている。そして、そうしたセンサーからの入力情報から、人や物体を認知するなどの処理に優れるAIが担う役割も大きくなる。また、認知領域だけでなく、制御領域でもAIを活用して予測し、その予測に基づいた制御によって、より安全で確実な制御を行う“予測制御”の導入が検討されているなど、自動車でのAI活用は多岐にわたる見込みだ。
AIの重要性が高まる中でAURIX TC4xファミリーは、AURIX Accelerator Suiteの1つとして、PPUを新たに搭載することで、AI関連機能の大幅な強化を図った。
搭載するPPUは、SIMDベクトルDSPコアの他、L1キャッシュメモリや、各種システムコンポーネント、ダイレクトメモリアクセス(DMA)機能、共有メモリなどを備え、さまざまなニューラルネットワークアーキテクチャに対応可能。また「スケーラブルなPPUのポートフォリオにより、性能とコストを最適化できる選択肢も提供する」(木寺氏)という。なお最もAI性能を高めたPPU構成の場合、TriCoreよりも78倍もの性能を発揮することができるという。
これからの自動車開発における大きなトレンドの1つとして、E/E(電子/電気)アーキテクチャの刷新も見過ごせない。
これまでのE/Eアーキテクチャは、それぞれの機能を持ったECUが自動車内のさまざまな場所に配置される「分散型」が主流だった。ただ、分散型では、ECU間で協調した制御を行うことが難しいなどの課題を抱えており、ECU間の協調が必須になるADAS/自動運転システムや駆動系システムにおいても不向きなアーキテクチャになっている。
そこで、このE/Eアーキテクチャ自体の見直しが進められ、機能ごとにECUを集約する「ドメイン型」や、物理的な位置ごとにECUを統合する「ゾーン型」といった新たなE/Eアーキテクチャへ刷新しようとする動きが活発だ。
ドメイン型やゾーン型といった新E/Eアーキテクチャは、これまで複数に分散していたECUの機能を、ドメインコントローラーやセントラルコントローラーなどと呼ばれるECUに集約する。そのため、機能を集約するドメインコントローラーやゾーンコントローラーなどのコンピューティング能力は、これまでのECUを大きく上回る水準で必要になる。AURIX TC4xファミリーは、先述の通り将来を見据えた高い性能を有しており、新しいE/Eアーキテクチャで求められるドメインコントローラーやゾーンコントローラーといった役割を担うことができるようになっている。
また単純な性能だけでなく、ドメインコントローラーやゾーンコントローラーなどの集約型ECUを構築しやすい機能も有している。
「複数に分かれていたECUの機能を集約すれば、1つのマイコンでより多くの機能を同時に処理しなければならない。また、同時に処理する機能同士の干渉なども検証しなくてはならず、そうした検証も含めるとソフトウェアをゼロから構築せざるを得ず、その開発負担は膨大で現実的ではない」(木寺氏)
こうした課題に対し、AURIX TC4xファミリーが搭載するTriCore v1.8は、複数の処理を分離して実行するハイパーバイザーモードに対応。同モードを利用するとTriCore 1コア当たり最大8台の仮想マシンを用意することが可能。AURIX TC4xファミリーでは最大6コアのTriCore v1.8を搭載するため、1つのAURIX TC4xで8台×6コア、計48台もの仮想マシンを用意できることになる。木寺氏は「本支援機能により、既存のECUの機能を、仮想マシンに割り当てていくということも可能。これにより、既存のソフトウェアを生かしながらECUを集約できる」とする。
新E/Eアーキテクチャへの移行に伴ってECU間の協調が増えていくと、車内ネットワークを行き交うデータ量は増大する。また、自動車と車外、とりわけインターネットを介したクラウドサービスへの接続機会は今後一層増し、インターネット常時接続が当たり前になる。こうしたより本格的なコネクテッドカーでは、当然ながら、高速なネットワークへの対応が必須だ。具体的には、5GbpsイーサネットやPCI Express、10BASE-T1S、CAN-XLなどの高速通信に対応する必要がある。
AURIX TC4xファミリーは、新たに必要になるこれら高速通信インタフェースを備える上、高速化で処理が増大する通信関連処理を効率的に行う機能を複数用意している。その1つが、AURIX Accelerator Suiteに含まれる「データルーティングエンジン」(DRE)だ。
これまでCPUコアで行っていたデータ送受信時のルーティング処理をハードウェアアクセラレーターであるDREで実施し、CPUコアへの負荷を大きく軽減。また、CPUコア処理時よりも、ルーティング遅延とジッターを低減し、パフォーマンス、スループットもそれぞれ最大50%向上できるという。
イーサネットMACとともに、イーサネットブリッジ機能も備え、セーフティクリティカルな用途に向けたデイジーチェーンやリングトポロジーといったイーサネットを構築できるようになっている。
先述したISO/SAE 21434に準拠するハードウェアセキュリティモジュールCSRM/CSSも含め、CPUに負荷をかけることなく、安全性の高い高速リアルタイム通信を実現できる。
今後の自動車の進化を見据えた場合、自動車の開発規模はさらに増大することは確実だ。特にAIなど新たなテクノロジーの使用や、電動システムおよび自動運転システムなどこれまでの自動車にはなかった新しいシステムの搭載では、十分な検証が不可欠であり、より多くの開発リソースが必要になる。一方で、自動車の市場投入時期を遅らせることは、市場でのビジネス機会を失うことになり、避けなければならないという状況は変わらない。
さまざまな進化に伴い開発規模の増大が予想される中で、AURIX TC4xファミリーでは、より短期間で自動車を開発するための環境を幅広く整えていることも大きな特長になっている。その1つの例が、ソフトウェア/開発ツールベンダーであるシノプシスが提供するソフトウェア開発キット(SDK)「DesignWare ARC MetaWare Toolkit for AURIX TC4x」と「Virtualizer Development Kit for AURIX TC4x」(以下、VDK for TC4x)だ。
DesignWare ARC MetaWare Toolkit for AURIX TC4xは、このほど提供が開始されたAURIX TC4xファミリーの実デバイス向けた開発キット。コンパイラーやデバッガー、シミュレーションツール、モデルベースデザインによる自動コード生成機能/自動ベクトル化機能といった基本的な機能を備えるだけでなく、AURIX TC4xファミリーの特長であるAI処理に適したPPU向けのツール/ライブラリー類が充実。AI処理の計算量、メモリ使用量、帯域幅を抑制できるニューラルネットワークモデルのマッピングを自動化、最適化するツールや、BLAS/LAPACKを含むPPUに最適化されたベクトルライブラリーなどを備えている。
もう1つのVDK for TC4xは、実デバイスの提供がこれから始まる製品も含めてAURIX TC4xファミリーの仮想モデルが用意されており、実デバイスなしにソフトウェア開発に今すぐ着手できる開発ツール。木寺氏は「VDK for TC4xに対応するソフトウェアやツールがさまざまなサードパーティ企業からも提供されており、本格的な開発に着手できる。時間を要するAIやxEVなどの新しい自動車のユースケースに対応するソフトウェアの品質検証を、実デバイス入手前から始めることができ、短期Time-to-Marketをサポートする」という。
さらに木寺氏は「すでにAURIX TC4xファミリーをサポートするツールやソフトウェアが多くのパートナー企業から提供が開始されている。今後、短期Time-to-Marketを実現する環境がさらに充実するので期待してほしい」と付け加える。
将来の自動車を見据え、これまでの車載マイコンをあらゆる面でアップグレードしたAURIX TC4xファミリー。既に一部の先行顧客向けにハイエンドシリーズに相当する「AURIX TC49シリーズ」のサンプルデバイスの提供が始まっている。「ハイエンドシリーズを第1弾として製品化しており、AURIX TC4xファミリーのほぼ全ての機能の検証を済ませた状況。今後、第2弾、第3弾と続々と製品の提供を開始し、早期にラインアップを整えていく」(赤坂氏)。AURIX TC4xファミリーの登場で、自動車の進化は一層、加速することになりそうだ。
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