インフィニオン テクノロジーズは、登場間もないBluetoothを普及に導いたCMOS RF技術を受け継ぎ、今も最新バージョンに対応するBluetoothデバイスを展開している。2023年には最新バージョンの「Bluetooth 5.4」に対応した新製品を投入。次世代バージョン「Bluetooth 6.0」での対応が見込まれる超低遅延機能を先取りして搭載し、Bluetoothの活用範囲をさらに広げるデバイスとして注目を集めている。
面倒なケーブルの取り回しが不要で、一度ペアリングすれば電源を入れるだけで自動的に接続される。その利便性からイヤフォン、マウス、キーボードなど、スマートフォンやPCの周辺機器は無線接続が主流になった。
さまざまな機器のワイヤレス化を実現する無線通信規格の一つがBluetoothだ。現在市販されているスマートフォンやPCのほとんどにBluetooth機能が搭載されており、Wi-Fiと並んで最も身近な無線通信技術と言える。その普及率の高さから、スマートフォンやPC、その周辺機器だけでなく、ゲーム機やカーナビゲーションシステム、ウェアラブル機器、ヘルスケア機器、白物家電などにも搭載されている他、RFIDタグやビーコンといったアプリケーションの無線通信としても利用されている。
その存在なしに生活が成り立たないほど不可欠な無線通信技術になったBluetoothだが、登場後しばらくの間は期待されながらもなかなか普及しなかった。
Bluetoothが通信規格として策定されたのは1990年代末のこと。当時はスマートフォンこそ存在しなかったが、携帯電話機やPCとヘッドセットなどの周辺機器をつなぐ無線技術として開発・規格化された。しかし、そこから数年間は思うように普及しなかった。その理由としては、対応機器が少なかったこともあるが、Bluetoothを実現する半導体デバイスが高価で消費電力が大きいということがあった。
Bluetoothが使用する無線周波数2.4GHzに対応する動作周波数のデバイスを作るには、当時はシリコンではなくガリウムヒ素やシリコンゲルマニウムといった化合物半導体を使用したバイポーラ構造デバイスを用いる他なかった。そのため高周波(RF)回路部は、安価で低消費電力のCMOSプロセスを用いる制御用チップとは別に、高価な化合物半導体で消費電力が大きいバイポーラ構造デバイスとして製造されていた。
そうした中で、2001年ごろ、CMOSプロセスでBluetoothのRF回路を製造できる半導体メーカーが登場した。現在のインフィニオン テクノロジーズだ。当時を知る方は「あれ? インフィニオンではなかったような?」と思われるだろう。正確に言えば、CMOSプロセスによるBluetoothのRF回路を実現したのはブロードコムだ。そして、その流れを現在受け継いでいるのがインフィニオンなのだ。
ブロードコムのBluetooth用デバイスを含むワイヤレスIoT事業は2016年にサイプレス セミコンダクタに買収され、そのサイプレスを2020年にインフィニオンが買収して今に至っている。
ブロードコム時代からBluetoothデバイス製品の担当を務めるインフィニオン テクノロジーズ ジャパン IoT コンシューマ リージョナルマーケティング部 部長の丸山敏郎氏は、「当時のブロードコムが開発したCMOSのBluetooth用デバイスは世界的な大手携帯電話機メーカーに採用され、ワイヤレスヘッドセットが使用できる機種として大ヒットした」と振り返る。
CMOS化によって低価格、低消費電力を実現したBluetoothはその後、スマートフォンの登場などの追い風にも乗って急速に普及していった。ブロードコムも、CMOS RF回路性能の良さを強みとしてワイヤレス用チップ事業を拡大。BluetoothとWi-Fiという二大無線通信を1チップで実現するコンボチップも製品化し、ワイヤレス通信用デバイスで世界有数のシェアを保ち続けている。
丸山氏は「BluetoothとWi-Fiのコンボチップ製品のヒットといった影響で旧ブロードコム時代から“Wi-Fi用デバイスメーカー”というイメージを強く持たれるが、ブロードコム時代からBluetooth用デバイスの展開も継続し、多くの出荷実績を誇る」と話す。インフィニオンのBluetooth関連デバイスの年間出荷実績は直近で3.5億個を超えるという。この出荷実績の中には、国内大手ゲーム機メーカーのワイヤレスコントローラー用が含まれ「インフィニオンのBluetooth関連デバイス事業にとって、日本市場は大きな売上比率を占める重要市場だ」(丸山氏)
日本国内でインフィニオンのBluetooth用デバイスが多く受け入れられてきた理由として丸山氏は「RF性能が高く常に最新バージョンに対応してきた製品力」とともに、「国内サポート体制の充実」を挙げる。
無線通信用デバイスメーカーの多くは海外企業であり、日本にサポート拠点を置くメーカーは少ない。そうした中で「ブロードコム時代から日本を重要市場と定め、サポート担当のエンジニアを国内に置き、不具合を特定するためのデバッグファームウェアを日本で開発・提供できる体制を整えてきた。こうしたサポート体制を持つ海外メーカーは少なく、われわれの強みになってきた。インフィニオン テクノロジーズ ジャパン本社オフィス(東京都渋谷区)は電波暗室や各種測定器を完備している。以前にも増してソフトウェア/ハードウェアを問わずハイレベルな技術サポートを提供できる体制があり、今後も充実したサポートを提供する」と述べる。
インフィニオンの製品には特徴的なものが多い。2023年3月に発表した「AIROC CYW20829」もその一つで、Bluetoothの最新仕様「Bluetooth 5.4」に対応している。
Bluetooth 5.4は2023年1月に公開されたばかりの最新バージョンで、新たな通信方式「PAwR」(*)に対応するなど、主に電子棚札にBluetoothを適用しやすい機能が強化された。「Bluetooth 5.4の新機能のいずれかに対応していれば“Bluetooth 5.4対応”とうたっているデバイスは多い。AIROC CYW20829は、PAwRだけでなく標準化されたアドバタイズデータ暗号化やCoded PHYでのアドバタイズの選択など、Bluetooth 5.4の新機能全てに対応する“フル対応”のデバイスになっている」とする。
*PAwR:Periodic Advertising with Responses。従来の通信方式「PADVB」(Periodic Advertising Broadcast)を拡張したもの。従来は、アドバタイズは送信デバイスからのみの片側通信だったが、PAwRはアドバタイズを受信するデバイスから応答パケットを返す双方向通信が可能になった。これにより、1つのアクセスポイントで多数の端末との双方向通信が低消費電力で行えるようになった。
その上、丸山氏は「次期バージョンである“Bluetooth 6.0”に新機能として盛り込まれる見込みで注目を集める“超低遅延ヒューマンインタフェースデバイス”(ULL HID)という機能に対応した点もAIROC CYW20829の大きな特徴」とする。
ULL HIDは、キーボードやマウスなどのHID(Human Interface Device)での通信遅延を抑制するもの。現状のBluetooth LEではおおよそ7.5ミリ秒ほどの遅延が発生するが、AIROC CYW20829のULL HIDを使用すれば1ミリ秒ほどに遅延を抑制できるという。高いリアルタイム性が要求される用途などでは遅延を理由にVR用コントローラーなどでBluetoothの採用を見送り、独自の低遅延無線通信方式を採用することがあった。ULL HIDはこうした独自低遅延無線通信と同等の低遅延を実現する技術であり、ゲーミングキーボード/マウスやVRコントローラーなどでULL HIDの導入が進む見込みだ。
「Bluetooth 6.0の公開は2024年以降になる見込みでULL HIDの仕様も完全には決定していないが、AIROC CYW20829はソフトウェアの変更でULL HIDをアップデートできる。ULL HIDの仕様が決定次第、Bluetooth 6.0準拠のULL HIDを実現できるデバイスになっている」(丸山氏)
PAwRやULL HIDの実現で、自動車用途でのBluetooth活用もさらに広がる見込みだ。特に電気自動車(EV)などのバッテリー監視システム(BMS)への採用が拡大する可能性が高まっている。バッテリーは、バッテリーセルごとに充放電状態を監視して適切に充放電を制御しなければバッテリー全体の寿命を縮めてしまう。EVのバッテリーは100セル以上で構成されるため、BMSの規模も大きい。各バッテリーセルを監視するBMSデバイス間やBMSとホストECU間の通信は有線が用いられているが、重量や接続の複雑性から無線化が検討されてきた。ワイヤレスBMS専用の独自無線通信も一部で開発されているが、特許問題などの懸念から標準無線通信規格の適用を望む声も多い。そうした中、Bluetooth 5.4で新たに採用されたPAwRの機能で大規模な双方向通信が行えるようになる。インフィニオンは車載向け半導体に強く、信頼性の面でもBMSに使える無線として多くの自動車メーカーの要求にこたえることができ、AIROC CYW20829の動作補償温度範囲を拡張するなどした車載グレード版製品「CYW89829」も用意。2023年11月からサンプル出荷を開始し、2024年半ばから量産開始予定で、車載用途での採用もサポートしていく。
AIROC CYW20829はCPUコアとして「Arm Cortex-M33」を2つ搭載。一つはBluetooth Low Energy(BLE)コントローラーサブシステム用、もう一つはアプリケーション処理用プロセッサとして使用できる。セキュリティ機能として、セキュアブートやセキュア実行環境、カスタムキー向けのeFuse、TRNG、暗号アクセラレーションなどを備える。「インフィニオンは、(プログラマブルSoCである)PSoCや各種マイコン、各種セキュアIP製品も長く展開している。PSoC/マイコン、セキュリティ技術とBluetooth技術を組み合わせて、今後も使いやすいBluetoothデバイスを開発する」(丸山氏)
Bluetoothを普及に導いたCMOS RF技術も健在だ。AIROC CYW20829の受信感度はLE 1Mbpsで−98dBm、LE Long Range 125Kbpsで−106dBmを誇る。インフィニオンが米国で実施した実証実験では、送信出力10dBm、PCBアンテナ使用という条件下で、見通し2300mという長距離通信ができることを確認している。
インフィニオンは、AIROC CYW20829をスマートフォン/PCの周辺機器をはじめ民生機器、車載機器、産業機器などあらゆるBluetoothアプリケーション向けに販売する方針だ。産業機器など少量多品種生産を行う用途/市場には、AIROC CYW20829とともにアンテナなど周辺部品などを実装し、電波法認証取得済みですぐに機器に組み込めるモジュール製品のサンプル出荷を開始している(量産出荷は2024年4〜6月予定)
「AIROC CYW20829以外にも、さまざまなバージョンに対応した製品をBLE、Bluetooth Classicを問わずリリースし、それぞれのモジュール製品もそろえてきた。もちろんインフィニオンには無線チップをモジュール化し販売してくれるパートナーがいるが、Bluetoothは比較的モジュールパートナーが付加価値を付けづらく、製品展開もしづらいので、自社モジュールという選択肢も用意している。インフィニオンは、これからもBluetoothの最新バージョンにいち早く対応し、優れたRF性能を持ち使いやすいBluetoothデバイスを提供し続ける」(丸山氏)
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提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2023年11月24日