電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)に欠かせないオンボードチャージャー(OBC)。コスト低減や高電圧対応などさまざまな面で進化が必要なOBCだが、特に電力密度の向上、すなわちOBCの小型化が強く求められている。インフィニオン テクノロジーズは2028年ごろに求められるとされる電力密度10kW/Lを実現するOBCリファレンスデザインを開発した。どのような技術で電力密度を向上させたのだろうか。
着実に普及が進みつつある電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)。バッテリーに充電した電力で走行するEV/PHEVに欠かせないECU(電子制御ユニット)がオンボードチャージャー(OBC)だ。
OBCの役割は、家庭や工場などに供給される交流(AC)100〜240Vの商用電源や充電スタンドから供給されるAC200〜400Vの電力を車載バッテリー充電に必要な直流(DC)電力に変換する装置だ。
外部から電力を取り入れる必要のあるEVやPHEVにとって欠かせない重要なECUであり、EV/PHEVの進化のカギを握るECUでもある。そのため、OBCに求められる要素は多岐にわたる。
車載半導体大手のインフィニオン テクノロジーズの日本法人で、OBC向け半導体製品事業を担当する中原延浩氏は「国や地域によって電力事情が異なるため、OBCへの要求も国や地域ごとに変わる。各自動車メーカーの設計思想は異なるため、同じ国や地域向けの自動車でもメーカーや車種によってOBCに要求されることも変わる。OBCへの要求は千差万別だ。ただ、要求事項を整理すると5つに分類できる」とする。
中原氏が挙げるOBCへの要求事項は「双方向充電対応」「高電圧対応」「コスト削減」「高効率化」「電力密度の向上」だ。
双方向充電は、車載バッテリーへの充電だけでなく、車載バッテリーの電力を家庭に供給するVehicle to Home(V2H)に対応するために不可欠な機能だ。電力の有効活用や災害対策などの観点からV2H対応EV/PHEVが増えつつある。
高電圧対応は、現状DC200〜400Vのバッテリー充電電圧を800Vに高電圧化するという動きへ対応だ。充電電圧を高電圧化すると、電力効率を高められると同時に充電時間を短縮できるといったメリットがある。今後800Vでの充電が拡大していくと予想されている。
双方向充電や高電圧対応など高機能化、高性能化が進めば、おのずとOBCに搭載されるデバイスなどが高機能化、高性能化され、部品コストも上昇してしまう。そのためコスト削減要求も強くなる。特に新興国向けの車種ではそれが顕著になる。
AC電力をDC電力に変換するOBCにとって、電力変換効率の向上は普遍的な要求であり、昨今の環境配慮意識の高まりから重要視されるケースは増えている。
中原氏は「5つの要求事項の中で最も重視され、あらゆるOBCに共通しているのが電力密度の向上、すなわちOBCの小型化だ」と言い切る。
「自動車は、電動化以外にも先進運転支援システム(ADAS)/自動運転システムの普及などによって搭載する機器が増えており、スペースに余裕がない。OBCを小型化できればそのスペースをバッテリーのスペースに割いてバッテリー容量を拡大することもできる。OBCを小さくできれば、さまざまな利点が生まれる」(中原氏)
インフィニオンはOBCの電力密度を高めるさまざまな技術を開発し、「現状の実用化レベルでは最高水準の電力密度」(中原氏)という1L(リットル)当たり4kW(=4kw/L)のOBCのリファレンスデザインを開発。同デザインをベースにしたOBCが既に実用化されているという。
電力密度4kW/LのOBCは、単相、7.2Kw OBCでサイズは275×116×56mm(冷却プレート除く)。重量は10kgに満たない。効率が高く低発熱のワイドバンドギャップ材料SiC(炭化ケイ素)を用いたMOSFET(以下、SiC-MOSEFET)をスイッチング素子に用いている他、インフィニオン独自の技術を複数導入して電力密度を高めている。
電力密度向上に最もつながった技術として中原氏が挙げるのが、上面放熱(Top Side Cooling/TSC)型パッケージ技術だ。OBCに使うパワー半導体の多くはパッケージ下面に放熱パッドを設けて実装基板に排熱する。これに対しTSC型パッケージはパッケージ上面に放熱パッドを設け、その放熱パッドにヒートシンクを取り付けて熱を逃がす。
下面に放熱パッドがある従来パッケージは通常、片面金属基板を介しヒートシンクへ排熱が必要となるため、十分な放熱特性や、費用対効果が得られにくいケースがある。コンデンサーやインダクターといった周辺部品はパワー半導体よりも大幅に高さがあり、パワー半導体上面にはヒートシンクを取り付ける余裕が十分にある。さらに、パッケージ上面に熱を逃がせば従来パッケージでは難しかった表面実装品における、パワー半導体直下の基板裏面に部品を実装できるようになる。これまで片面実装だったOBCの基板が両面実装になれば基板サイズを大幅に縮小でき、OBCを小型化できる。「パワー半導体直下に(パワー半導体を駆動する)ドライバーICを実装すればパワー半導体とドライバーIC間の配線距離が大きく縮まり、寄生インダクタンスを大幅に低減できる」という利点もある。
上面放熱は電力密度向上に大きく寄与するが、課題もある。高さ方向のばらつきを抑制する手間が発生するのだ。ヒートシンクをパッケージごとに取り付ければ問題ないが、コストなどを考慮すると現実的ではない。すると複数のパッケージに対して1つのヒートシンクを取り付けなければならない。このときパッケージの高さにばらつきがあると低いパッケージは十分にヒートシンクに接しないため放熱できなくなってしまう。パッケージの高さがそろっていたとしても実装具合や基板の反りなどで高さのばらつきは発生するため、高度な基板実装技術と反りなどに強い基板が必要になってしまった。
こうした上面放熱の課題に対し、インフィニオンは高さ(2.3mm)を高精度にそろえたTSC型パッケージ(QDPAK TSC)を開発するとともに一般的な基板/実装技術を用いても確実に放熱できるノウハウを蓄積。「高さ方向のばらつきを吸収できるギャップフィラーやギャップパッドを挟んでヒートシンクを取り付けるなど、さまざまな解決策を用意している」。それらをまとめたアプリケーションノートなどを参考にすれば上面放熱の課題を克服できる。インフィニオンは、SiC-MOSFETだけでなくシリコン-MOSFETやシリコン-IGBTなどあらゆるパワー半導体素子でTSC型パッケージを用いたデバイスのラインアップを用意している。
電力密度4kW/LのOBCには、上面放熱パッケージ以外にも電力密度向上に欠かせない独自技術が盛り込まれている。それがマイコンだ。
OBCには、MOSFETなどのスイッチング素子を制御するマイコンと他のECUとの通信を制御するマイコンが搭載されるのが一般的だ。これに対し、4kW/LのOBCが搭載するマイコンはインフィニオンの車載用マイコン「AURIX TC3x」の1つだけだ。
AURIX TC3xは、最大動作周波数300MHzのインフィニオン独自CPUコアを最大6個搭載するハイエンドマイコンで、通信制御に欠かせない各種セキュリティを実現するハードウェアも備える。AURIX TC3xの高い性能と多くの機能でOBCの全ての制御を賄い、制御回路の高密度実装、すなわちOBCの小型化を実現している。「AURIX TC3xの性能はとても高く、OBCのスイッチング制御、通信制御だけでなく、DC-DCコンバーターECUの制御も同時にできる。そのため、OBCとDC-DCコンバーターを統合したECUを実現でき、システムレベルの小型化に貢献する」(中原氏)
SiCデバイス技術、パッケージング技術、マイコン技術によってOBCの電力密度は4kW/Lに達したが、今後もさらなる電力密度の向上が求められる。中原氏は「2028年には10kW/Lの電力密度が要求されるだろう」との見通しを示す。現状の2倍以上に電力密度を高めなければならず、実現には相当な困難が予想される。
しかし中原氏は「10kW/L以上の電力密度実現にはメドがついている」と言う。
「OBCの体積の大部分はインダクター、コンデンサーといった電子部品が占めている。これらの電子部品の小型化は、スイッチング素子のスイッチング周波数を高めることで実現できる。GaN(窒化ガリウム)を用いれば電子部品の大幅な小型化が可能だ」(中原氏)
SiC-MOSFETは、シリコンのMOSFETやIGBTよりもスイッチング周波数は速いが数百kHz程度が限界とみられている。これに対しGaNはMHzオーダーの高速スイッチングが可能であり、インダクターやコンデンサーを大幅に小型化できる可能性を持つ。
ただ、GaNはSiCよりも耐圧が低く、充電電圧の800V化が進もうとしている中で不安視される部分もある。「既にGaN-MOSFETで1000V耐圧を実現している上、素子1つ当たりの耐圧を低減する3レベル制御/マルチレベル制御といった新しい制御トポロジーも確立されている。充電電圧800VのOBCはGaNで十分実現可能だ」(中原氏)
インフィニオンは、スイッチング周波数500kHzで動作するGaN-HEMTをベースにしたOBCリファレンスボードを開発した。同ボードのサイズは400×140×17.8mmで電力密度10kW/Lと、2028年ごろに求められるであろう次世代スペックを実現している。
「開発したリファレンスボードのGaN-HEMTには、まだまだ小型化できる余地が残っている。今後、複数のスイッチング素子を1パッケージ化して小型でマルチレベル制御を構成しやすい製品を適用することで、10kW/Lを上回る高電力密度のOBCを実現する」とする。
インフィニオンはOBCをはじめとする車載用途や産業用途でのGaNパワーデバイスの利用拡大を見込み、2023年10月にGaNパワーデバイスメーカーであるGaN Systemsを買収してGaNデバイスの製品ポートフォリオおよび生産能力を大幅に強化した。今後、インフィニオンとGaN Systemsのデバイス/パッケージング技術などを融合させ、新たなGaNパワーデバイス製品を開発する。
GaN Systemsの買収によって、OBCにシリコン、SiC、GaNという主要なパワーデバイスを供給できる体制がより強化されたことになる。「コスト低減を重視する場合、GaN/SiCデバイスとシリコンデバイスを組み合わせるという使い方が有効になる。インフィニオンであればGaN/SiCデバイスとシリコンデバイス、さらにはマイコンやドライバーといった周辺デバイスまで全て1社で提供できる。こうした半導体メーカーは少なく、電力密度向上をはじめとした多様な要求事項があるOBCにさまざまな提案ができる点はインフィニオンの強みだ。今後もOBCへの多様な要望に応えられるように技術開発を続ける」
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提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2024年5月22日