アナログ/ミックスドシグナル半導体メーカーの日清紡マイクロデバイスは近年、欧州自動車市場に進出して車載ASIC/ASSP事業を拡大させているという。競争が激しい欧州自動車市場になぜ参入できたのか。日清紡マイクロデバイスの車載ASIC/ASSP事業担当者にインタビューした。
2022年に新日本無線とリコー電子デバイスが経営統合して発足した日清紡マイクロデバイス。2022年3月期の売上高は約850億円であり、世界的に見れば決して大手とは言えない中堅の半導体メーカーだ。
しかし、2016年から欧州自動車市場に参入して事業規模を順調に拡大している。既に欧州の自動車メーカー1社、ティア1メーカー7社に車載ASIC/ASSP製品が採用され、納入を開始している。2024年1月には車載ASIC/ASSP製品専門組織「車載ASSPプロジェクトチーム」を立ち上げるなど投資を継続し、事業規模をさらに拡大させる構えだ。
車載半導体市場は自動車の電子化、電動化に伴って需要が増大している。大手半導体メーカーにとっても魅力的な市場であり、競争は激しくなる一方だ。そうした中で、なぜ日本の中堅半導体メーカーである日清紡マイクロデバイスが欧州車載市場に短期間で進出して事業規模を拡大させることができたのか――。
日清紡マイクロデバイス 車載ASSPプロジェクトチームのプロジェクトサブリーダーである高橋資人氏と、同チームプロジェクトマネージャーの梶谷繁樹氏に聞いた。
――日清紡マイクロデバイスの車載半導体ビジネスについてご紹介ください。
高橋氏 自動車の電子化が始まりつつあった1980〜1990年代から、日清紡マイクロデバイスの前身である新日本無線/リコー電子デバイスはそれぞれ主に日本の自動車メーカーとティア1企業と呼ばれる自動車電装品メーカーにアナログ半導体を納品してきた。先進運転支援システム(ADAS)や電動化が急速に進み自動車市場での半導体需要が高まった2011年以降、特にその事業規模が急拡大している。同時に、中国や韓国といったアジアや欧州に事業領域を広げてきた。その結果、自動車向け売上高は2011年実績の9倍以上で、全社売上高の30%以上を占める。自動車向け半導体は日清紡マイクロデバイスの主力事業の一つになっている。
――欧州市場での自動車向け半導体ビジネスの状況について教えてください。
高橋氏 本格的に事業を展開し始めたのが2018年ごろだ。ドイツを拠点に自動車半導体専門のフィールドアプリケーションエンジニア(FAE)を配置し、提案活動を進めてきた。それまで欧州市場では全く実績がなく一からのスタートだったが、現時点では自動車メーカーのみならず、メガティア1含む数多くの自動車部品メーカーにオペアンプなどのアナログ半導体や電源IC、ASIC/ASSP製品を納入している。
――欧州には世界的な大手自動車半導体メーカーが複数存在し、日本の半導体メーカーが容易には参入できない市場です。なぜ参入を果たせたと分析されていますか。
高橋氏 幾つかの理由があると考えている。まずは40年に及ぶ日本の自動車市場での実績が挙げられる。われわれ半導体メーカーにとって製品の直接の納入先はティア1企業になる。だが長年の実績を背景に、日本の世界的な大手自動車メーカーと15年以上対話を継続して半導体製品を開発できる環境ができている。自動車メーカーが目指す安全性や信頼性の向上に向けた半導体への要望を直接聞き、それを半導体製品に落とし込んできた。そうした実績がなければ欧州市場に参入できなかっただろう。
日本の自動車メーカー/ティア1企業との取引で培われた技術力、製品力も参入できた要因の一つだ。
――日清紡マイクロデバイスの技術力、製品力の強みについて教えてください。
梶谷氏 日清紡マイクロデバイスの主力製品は大きく分けて2つだ。オペアンプやコンパレータといった「信号系アナログ/ミックスドシグナルIC」と、LDOレギュレータやDC/DCコンバーターといった「電源/パワーマネジメントIC」だ。オペアンプでは世界第5位、LDOレギュレータでは世界第4位*というように一定のシェアを獲得している。
*)マーケティング・アイ/2022年販売額調査結果。
信号系、電源系のいずれも40年ほど前から自動車向けに展開し、自動車市場のニーズに応えてきた。近年はADASや電動化で高まっている安全性ニーズを重視し、「ノイズに強い車載半導体」をコンセプトに開発し、これが強みになっている。
信号系では、ノイズ対策回路を搭載したオペアンプや高周波(RF)特性に優れるGaAs(ガリウムヒ素)を用いたローノイズアンプ(LNA)が車載カメラなどの各種センシングシステムや車載情報機器、GNSS(衛星測位システム)応用機器などに採用されている。
電源系では、ノイズ対策回路を挿入してノイズの影響を徹底して除去したLDOレギュレータやDC/DCコンバーターがある。いかなる状況でも電力供給を継続する安全性の高い電源としてADASやパワートレイン系に採用されている。
こうしたオペアンプやコンパレータ、LDOレギュレータといった個々の技術、コア技術を自動車市場や顧客の要求に応じて組み合わせ、ASIC/ASSP製品として仕上げるエンジニアリング力も日清紡マイクロデバイスの強みだ。欧州市場への参入は、このエンジニアリング力があったからこそ実現できたと考えている。
――日清紡マイクロデバイスのエンジニアリングの特徴とはどのようなものですか?
高橋氏 アナログ/ミックスドシグナル領域を広くカバーするコア技術を有するだけでなく、企画設計から開発、量産、品質保証まで一貫した生産/供給体制を持っている。
生産拠点については、自動車向け品質マネジメント国際規格「IATF 16949」に準拠、顧客要求に基づきドイツ自動車工業会規格である「VDA 6.3」に対応している。Connected Carで不可欠なGaAsの前工程工場でIATF 16949に準拠し、VDA 6.3に対応している工場は世界的に見ても少なく、生産体制においても独自の強みがある。
このような一貫した生産/供給体制があるからこそ、回路設計だけでなくパッケージ技術、生産技術などを駆使して総合的に市場/顧客ニーズに応えることができる。
アナログ/ミックスドシグナル専業であり、事業規模が決して大きくないという点でエンジニアリング力を発揮できているということも背景にある。
事業規模が大きいメーカーでは採算性などの観点から、一定規模の需要が見込めなければASICやASSPの開発に至らないケースが多い。特に最近は、大手半導体メーカーはコンピューティングデバイスに開発リソースを割く傾向が強く、アナログリッチなASIC/ASSP製品に対応できるメーカーが少なくなっている。
日清紡マイクロデバイスであれば他の半導体メーカーが量産規模や採算性で対応できないようなアナログリッチなASIC/ASSPに対応できるという点も、採用を伸ばせている要因だろう。
――2024年1月に「車載ASSPプロジェクトチーム」を発足させました。
高橋氏 アナログリッチな車載ASIC/ASSPを供給できるメーカーが減っている中で日清紡マイクロデバイスへの期待は高まっている。これまで以上に迅速に顧客の課題を把握してASIC/ASSPという解決策を提供することが車載ASSPプロジェクトチームの目的だ。
自動車業界の開発速度はとても速くなっていて、最初の対話から1カ月以内に開発フィジビリティを求められる場合が多い。
これまでは、各製品/コア技術担当部門がそれぞれ顧客と対話してASIC/ASSPを開発してきたが、開発は部門がまたがることが多く、時間がかかるケースがあった。そこで顧客との対話を一手に担う車載ASSPプロジェクトチームを発足させた。チームメンバーはASIC/ASSPに関する網羅的な技術知識を持ち、顧客の課題をどうすれば解決できるか迅速に判断し、回答できるようにした。
――車載ASSPプロジェクトチームがASIC/ASSPに関する商談を一手に引き受けることでより自動車市場の理解が進み、より良いASIC/ASSPの開発にもつながります。
高橋氏 その通りだ。日本だけでなく欧米、アジアの各拠点には自動車市場を理解したFAEをそろえている。さらに顧客と対話を重ねることで市場ニーズを先取りした製品を展開したい。
日清紡マイクロデバイスは創業100年以上の歴史を持つ日清紡ホールディングスの傘下企業であり、自動車関連事業を広く展開する日清紡グループの一員であるという利点も車載ASIC/ASSP事業に生かしていく。
梶谷氏 日清紡グループには、創業事業の繊維事業だけでなく自動車用ブレーキ事業をティア1として手掛ける事業会社がある。無線/通信機器や精密機器、化学品事業も自動車市場向けのビジネスを展開している。そうした日清紡グループの他事業と連携することで自動車市場への理解をより深めることが可能だ。独自性のあるソリューションも今後投入する。グループ内にはデジタル半導体を手掛けるディー・クルー・テクノロジーズやコイル/インダクターメーカーもある。そうしたグループ会社と連携して、アナログ/ミックスドシグナル半導体以外の半導体/電子部品を含めたシステムソリューションも提供したいと考えている。
――今後の車載ASIC/ASSP事業の目標をお聞かせください。
高橋氏 これまではADAS関連機器用の信号系や電源系のASIC/ASSPで採用数を伸ばしてきた。今後はパワートレイン関係の採用が伸びる見込みだ。1000Vを超える電圧を直接計測できる独自コア技術を持っており、パワートレイン関連でも高い安全性を実現するASIC/ASSPを提供できるだろう。
高耐圧技術以外もアナログ/ミックスドシグナルのコア技術を磨き続け、ADASやパワートレインに限らず自動車市場の課題や要求に真摯(しんし)に向き合い、小回りが利く数少ないアナログ/ミックスドシグナル専業メーカーとして解決策を提供することが目標だ。
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提供:日清紡マイクロデバイス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2024年6月8日