モノづくりの複雑化が進み、エンジニアにはエレクトロニクスとソフトウェア、メカの融合領域のスキルが求められるようになっている。一方、グローバルな市場環境で厳しい闘いを強いられる企業では、モノづくりの現場で技術教育に割けるリソースが足りないという実情がある。この大きなギャップをどう埋めるのか……。技術教育の変革が必要だ。
“数理科学のデスマーチ(the math-science death march)”――。The New York Timesは最近、このような刺激的な表現を使って、1つの問題を提起した。工学や科学に関心を持つ学生がどんどん減っているという問題である。
同紙の記事は、米国の国立教育統計センター(The National Center for Education Statistics)のデータを引用し、問題の現状を浮き彫りにしている。2009〜2010年に米国で学位を取得した学生のうち、エンジニアリング分野の専攻はわずか5.4%にとどまった。この数字は1980年代の半ばに9.9%のピークを記録して以降、右肩下がりの傾向が続いている。隣接領域であるコンピュータサイエンス専攻の学位取得者も、2000年代の前半に4.3%のピークを迎えた後は急降下しており、2009〜1010年は2.4%と低迷する。米国では他にも、エンジニアリング分野の学生のうち40〜50%もが、途中で専攻を別の分野に切り替えたり、学校をやめたりしてしまうという統計もある。
これがなぜ問題なのか。あらためて問うまでもないだろう。気候変動やエネルギー/食料の危機、人口爆発といった、世界が抱えるさまざまな難題――グランドチャレンジ――に立ち向かい、乗り越えるには、工学や科学の力が不可欠になる。モノづくりを手掛ける企業にとっても、切実な問題だ。所要のスキルを備えたエンジニアを獲得できないという状況は、事業継続性に大きな影響を及ぼす。
AppleやGoogle、Facebookなど、工学や科学の力を基盤とし、隆盛を誇る企業を数多く抱える米国でさえもこの状況だ。大手電機メーカーが苦境にあえぐ日本に目をやれば、事態はさらに深刻である。もっとも、これは先進国だけの問題ではない。インドの有力紙であるThe Hinduは2012年3月12日付の記事で、「就業に資する能力を備えたエンジニアは、わずか3%しかいない」と伝えている。
近代の世界は、工学と科学への依存度をどんどん高めている。それは間違いない事実だ。それにもかかわらず、次世代の担い手が減っている。その数少ない志望者も、十分に育つ前に進路を変えてしまう。学校だけではない。グローバルな市場環境で厳しい闘いを強いられるモノづくりの現場では、若手や新卒のエンジニアを早期に戦力化することがまさに死活問題になっている。開発対象の製品は複雑度が増す一方で、エレクトロニクスとソフトウェア、メカといった、複数の領域にまたがるスキルを備えた人材が求められているのだ。それにもかかわらず、技術教育に割ける人的・時間的なリソースは減るばかり。本来ならばリソースを増やさなければ追い付かない状況だが、それは許されないのが実情である。
エンジニアリング分野で求められる人材と、それを生み出す学校や企業の教育現場。拡大し続ける両者のギャップをどう埋めればよいのか――。この世界共通の問題に対しNIWeek 2012では、工学/科学分野の教育関係者が集う「アカデミックフォーラム(Academic Forum)」を中心に、専門家たちが活発な議論を交わした。
このアカデミックフォーラム(Academic Forum)において多くの専門家が指摘したのは、技術教育の対象者が学生であれ新卒や若手のエンジニアであれ、鍵は「理論と実践をすぐに結びつけられるような機会と教材を提供すること」にあるというポイントだ。基調講演の登壇者や技術セッションの講演者らは、(1)技術教育では早い時期に、何らかの“システム”を自分の手で作り上げる体験を与えること、(2)それも、コンピュータシミュレーションだけで完結させるのではなく、物理的な実体のある教材を使って、実際にシステムを組み上げることが重要だという共通認識を示していた。
米国ニューヨーク州ロチェスターにあるコミュニティカレッジ*1)Finger Lakes Community Collegeで物理学の教授を務めるSam Samanta氏は、技術セッションの中で、「21世紀に向けた技術トレーニングの再発明(Reinvention of Technical Training for the 21st Century)」と題して講演した。
同氏は講演の中で、「米国では、職を求める何百万もの人が未就業である一方、産業分野で60万人もの求人が埋まらない状況にある」という最近の報道を引用し、そのギャップを埋める取り組みについて紹介した。地域経済における職業訓練機関の役割を担う同カレッジが、周辺のハイテク業界と連携して立ち上げた、計測/制御技術の習得に向けた実践的な教育プログラムであり、各種の電子システムから産業ロボット、無線通信、光学機器といった幅広い業種の企業に人材を供給することを目指しているという。
同氏はこの取り組みを主導する人物で、次のような問題意識を持っていたという。「旧来の技術トレーニングは、エレクトロニクスのハードウェアとソフトウェア、メカそれぞれが区分けされて独立に扱われていた。しかし今、エンジニアリングの現場では各領域の融合が進んでいる。その実態に即した変革が職業訓練も求められており、それを果たすことで人材の需給ギャップを軽減したいと考えた」(同氏)。
そこで今回の教育プログラムでは、ハイテク産業において設計やテスト、製造、品質管理に携わるために必要なスキルを習得できるようにした。マイコンやPLC(プログラマブルロジックコントローラ)、FPGAといったデバイスをコントローラとして利用し、NIのグラフィカル開発ツールである「NI LabVIEW」を使って、自動データ集録や計測/モーション制御、マシンビジョンなどのシステムを組み上げる実習を中心に据えたという。
この中で同氏が「技術トレーニングの再発明」の1つと位置付けるのが、数学や物理という“理論”と、それを応用したシステムという“実践”の2つの要素について、受講者の学習順番を反転させた手法だ。「理論から入って実践に進むという従来の順序を入れ替えて、まず実践、次に理論という順番にした」(同氏)。具体的には、NIのグラフィカル開発ツール「LabVIEW」やSPICEシミュレータ「Multisim」、Microsoftの表計算ツール「Excel」などを、数式や物理法則の可視化ツールとして活用した。例えば、応用物理を学ぶ際には、まずLabVIEWとカメラを組み合わせてマシンビジョンシステムを構築し、産業界での実践的な応用事例を先に体験させる。微分方程式を学ぶのはその後だ。「数学や物理は、学習者が先に進むのを拒む大きな“関門”になってしまう。そこを無事にくぐりぬけられるような工夫が重要である」(同氏)。
ナショナルインスツルメンツでDirector of Training & Academic Programsを務めるDave Wilson氏は、アカデミックフォーラム(Academic Forum)の基調講演に立ち、技術教育における問題解決のカギは「理論を学ぶ際に、それが現実のアプリケーションにどう作用するかという関連性を“すぐに”体感させることにある」と指摘した。さらに、それを実現するソリューションとして同社が提供する「NI miniSystems」を紹介した。
NI miniSystemsを使えば、LabVIEW上でグラフィカルなコードとして記述したアルゴリズムを、物理的な実体のあるシステムにその場ですぐに実装し、システムレベルの挙動を観測することができる。アルゴリズムを改変し、挙動にどういった変化が生じるかを直ちに確認することも可能だ。
この他にもNIは、同様のコンセプトで技術教育に活用できるさまざまなハードウェア/ソフトウェア製品を数多く供給している。ソフトウェア無線トランシーバモジュール「NI USRP(Universal Software Radio Peripheral)」や、教育/トレーニング用の設計・試作プラットフォーム「NI ELVIS」、組み込みマイコン開発システム「Arduino」に対応した「Arduino用NI LabVIEWインタフェースツールキット」などである。
エンジニアリング分野で求められる人材と、それを生み出す学校や企業の教育現場――。拡大し続ける両者のギャップを埋めるには、これらが有力なツールになり得る。大学をはじめとした教育機関で学生の技術教育に携わる教員のみならず、企業で新卒・若手エンジニアのトレーニングを担当するエンジニアも、これらのソリューションを積極的に活用し、“数理科学のデスマーチ”からの脱却を目指すべきだろう。
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アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2012年9月30日