リニアテクノロジーは、高性能アナログIC製品開発とともに、無償技術サポートなどデータシートに記載されない付加価値提供を強化する。「日本の電機業界が再び、世界を席巻するには、デジタル特性を引き出すアナログ技術が不可欠。われわれは、高い付加価値を実現する高性能アナログICの提供を通じて、日本の競争力強化を支援する」と語る日本法人代表取締役の望月靖志氏に聞いた。
――2015年のビジネスを振り返ってください。
望月靖志氏 2015年度(2015年6月期)は売上高14.7億米ドルと、前年比6%増を上回る成長を達成した。今期、2016年度第1四半期(2015年7〜9月)は、全社売上高は中国経済の成長鈍化などの影響を受けて、前年に比べややマイナスとなった。
一方で、日本での売上高は2015年度に全社売上高の17%を占めるまでに成長した。私自身が日本法人代表に就任した1998年当時は、日本の全社に占める売上比率は8%程度だった。この18年間の年平均成長率は、プラス8%。この年平均8%という成長を維持し、次は全社に占める売上比率20%を達成したい。
――年平均8%という高成長を持続できた要因は、どのように分析されていますか。
望月氏 2000年ごろ、“民生機器市場は価格競争主体の市場となる”と全社的に判断し、自動車分野へと大きく舵を切り、産業機器分野、通信機器分野とともに強化してきた。当時、日本法人の売り上げの約6割は携帯電話機やノートPC向けが占めていた時期にもかかわらずだ。
当社は、常に技術課題を抱える分野に対し、高精度/高性能アナログを提供してきた。価格競争主体の領域では、当社の価値は見いだせない。
実際、2000年以降、民生機器は価格競争主体の市場となり、ボリュームゾーンのビジネスは日本からアジアへと移った。
――代わりに、自動車分野のエレクトロニクス化が急速に進みました。
望月氏 自動車の電子化が進むほど、小型/低消費電力化が要求され、より高い技術力が必要になり、われわれの価値を生かせる分野になった。
特に、2008〜2009年のリーマンショック後、追い風が強くなった。その頃には、80〜100個ものマイコンが自動車に搭載されるようになり、サイズ、ノイズ、熱といった技術課題が顕在化し、優れたアナログ半導体しか使えないという状況になった。
産業機器分野でもリーマンショック後、価格競争に陥らない、技術的に尖った“ダントツ”製品で勝負する国内企業が増えた。誰でも手に入れるだけで実現できるデジタルでは、技術的に尖ることができず、結果的に優れたアナログを求められるようになった。
こうした背景から、年平均8%という高い成長率を維持し、全社売り上げに占める日本の売上比率を高めることができた。ちなみに、現状、国内売り上げの42%が産業機器向け、46%を自動車向けが占め、民生機器向けは1%未満だ。
――今後も年平均8%という成長率を維持するために必要なことはありますか。
望月氏 民生機器から自動車へと舵を切った2000年当時と同様、5〜10年先を見据えた取り組みが必要だ。そこで、今期2016年度から、2020年度まで年平均8%成長を達成するための“プロジェクト2020”をスタートさせた。
このプロジェクトのテーマは、顧客の将来ニーズを的確に把握し、ROI(return on investment/投資利益率)を改善させることだ。
――“プロジェクト2020”の具体的な内容を教えてください。
望月氏 全てで5つの取り組みを実施している。1つ目が専門性を高めること。将来ニーズを把握するには、最終製品である自動車、産業機器のことを知らなければならない。そこで、2015年8月から組織を、自動車部門、産業機器部門と、2つのアプリケーション別に分割した。
2つ目は、あらゆる顧客に対し、付加価値サービスを提供すること。どうしても、大口顧客へのサービスが手厚くなりがちになるので、組織として大口顧客である「キーアカウント」と中小規模の「コアアカウント」で、担当を分けた。中小規模の顧客ほど、付加価値のある技術力で勝負する傾向が強く、高精度/高性能アナログが求められる。コアアカウントへもプロフェッショナルサービスを提供し、より多くの製品を採用してもらう狙いだ。
3つ目はスピードアップだ。これまで東名阪の3地区制だったが、2地区にし機動性を高めた。これにより、西日本、東日本のそれぞれに自動車部門、産業部門を配し、各部門にコアアカウント担当、キーアカウント担当を置く体制へと再編した。
――残りの取り組みは、いかがですか。
望月氏 4つ目として、SPD(Strategic Product Definition)と呼ぶ戦略的製品を定義する担当者を配置した。これまで米国本社から、年間50人ほどの製品設計開発マネージャーが来日し、国内顧客の要望を直接、聞いてきた。しかし、それだけでは不十分であり、顧客ニーズをより細かく把握し、製品開発にフィードバックさせるようにした。
そして、最後、5つ目は、パートナーシップの強化だ。われわれだけでは、できないことをパートナーである販売代理店を通じて提供するため、リレーションをより強くしている。2年前からは、パートナーの営業担当者、技術営業担当者に対し、技能水準に応じた認定を付与する制度をスタートさせ、今期からは、“ディストリビューター オブ ザ イヤー”という表彰制度を新設した。単に売り上げだけを評価するものではなく、デマンドクリエーション能力なども考慮した表彰とし、レベルアップにつなげていく。
――2016年期待の製品を教えてください。
望月氏 産業機器分野では、パワー・システム・マネジメント(PSM)製品が好調だ。PSMとは、CPUとPOL電源の間に配置するデバイスで、CPU側からPMBusを介して、POLの出力電圧を設定したり、入出力電圧/電流の状態を読み取れたりする。いわば、電源はアナログのまま、デジタル電源のような監視、制御が行えるデバイスだ。
このPSM製品が好調な理由は、最終製品の信頼性を高めたいという国内産業機器市場のニーズに合致しているからだ。
人間が、血液検査や血圧検査で臓器の異常を調べられるのと同様に、機器は、電源の電流/電圧を監視することでさまざまな故障の予兆を見いだすことができる。PSMはそうした機器の血圧/血液検査を可能にするデバイスだからだ。
北米では、機器を遠隔監視する用途で好まれているが、信頼性を重視する国内では、遠隔監視だけでなく、機器の設計/生産試験などで活用されている場合も多い。PSM製品は、出力電圧の上限/下限値の負荷を与えて試験するマージニングテストなども自動化できるためだ。他にも、システムが故障した際に電源関係のパラメータのログが自動的にE2PROMに保存されるので、品質解析などの時間も大幅に短縮できる。
PSM製品のように、デバイスを1個追加することになるが、そのデバイスの価格の数倍、数十倍のコストダウンをシステムレベル/プロダクトライフレベルで実現できる製品がそろっている。
――PSM製品以外にも、システムレベル/プロダクトライフレベルでコストダウン可能な製品を教えてください。
望月氏 半導体チップに、コンデンサやコイルなど受動部品を10〜20mm角程度のパッケージに実装したモジュール「μModule」がある。受動部品を内蔵したことで、わずかな外付け部品を付けるだけで、高精度/高効率な電源をはじめとした高度なアナログ回路を実現できる製品。アナログエンジニアのリソースが限られている設計現場でも、簡単に高精度/高性能アナログ回路を小さなサイズで実現できる。加えて、基板のサイズを大幅に削減できるので、数米ドルのモジュールで、数十米ドルのシステムコストも下げられるわけだ。
μModuleは発売から5年ほど経過しても年平均35%で成長を続けている。品種数も従来の電源だけでなく、絶縁回路、A/Dコンバータ駆動回路なども加わり、100種を超えるようになり、さらに採用の勢いが増している。
――システムコストを下げる製品で高い価値を持ちますが、製品単体での値下げ要求もあるかと思います。
望月氏 アナログ半導体は、大した材料費もかからないからもっと値段を下げろとの声がある。ただ、アナログ半導体の価格の大部分は、開発とテスト工程にかかる費用だ。安い製品は、開発に時間を掛けていなかったり、テスト工程を軽くし信頼性/品質を下げたりしているということに他ならない。われわれリニアテクノロジーは、製品単体は高くても、信頼性を担保し、システムレベルで1桁以上のコストダウンを実現できる性能、機能を持つ製品を提供し、コストダウン要求に応えている。
こうした技術的付加価値の他にも、データシートには書かれていない5つの付加価値の提供も徹底している。
――データシートに書かれていない付加価値とは、何でしょうか。
望月氏 1つは、製品の生産中止をしないことだ。2つ目は、(前工程を終えた状態のウェハーで在庫を持つ)ダイバンクによる短納期・安定供給を実現している。3つ目は、製造ロットごとに長期信頼性を見極める加速試験*)を実施し信頼性を確保している。4つ目は、前工程、後工程ともに2カ所以上の拠点で製造する体制で、天災などが起こっても安定した供給を継続できる冗長性を担保している。5つ目は、顧客の製品が量産に至るまでの技術サポートを無償で提供すること。レイアウトチェックやカスタムボード作成まで含め、一切、量産までは費用をもらっていない。
*)各製造ロットで、工場出荷時に50個のサンプルを選び2週間の加速試験を実施する。加速試験で何らかの不具合が生じた場合、該当ロットの製品は全て販売代理店などからの出荷を止め、回収する。
――アナログエンジニアの育成も強化されておられます。
望月氏 国内市場が縮小し、パイが小さくなってしまえば、いずれ成長できなくなる。5〜10年先を見据えて、アナログエンジニアを育てて、日本のアナログ、エレクトロニクス市場を拡大させなければならない。
1970年代までは、日本の電機業界はアナログ技術で世界を席巻した。そして1980年代以降、デジタルの時代になり、日本もデジタル技術を強化ししばらくは競争力を維持した。しかし、デジタルは技術革新が一定水準に達し、価格競争が主戦場となり、その主役はアジア勢に譲った。もう1度、日本が競争力を取り戻すには、デジタル特性を引き出すアナログ技術が不可欠で、優れたエンジニアが必要だ。
優れたエンジニアの育成には時間がかかるが、若い学生のころから教育を行えば、5〜10年で必ず優秀なエンジニアが育つ。そこで、リニアテクノロジーは、アナログ設計開発支援ツール「LTspice」の普及、啓もうを行っている。LTspiceは、複雑なアナログを見える化することができる回路シミュレーションであり、1人でも多くのエンジニアに利用してもらえるよう無償で提供している。国内だけでも、35大学以上の教育現場で導入され、われわれのエンジニアが無償でトレーニングも提供している。
2013年からは毎年、国内の極めて優秀なアナログエンジニアとリニアテクノロジーのアメリカ本社からのアナロググルを招いたイベント(アナログ・グルとの集い)も実施している。
こうした取り組みを通じて、アナログエンジニアの育成、強いては日本のアナログ市場の拡大を支援していきたい。
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提供:リニアテクノロジー株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2016年2月11日