自動走行車への関心が高まっている。だが、クルマの場合は技術的な課題とは別の問題も存在する。「運転を楽しみたいドライバー」の楽しみを奪ってしまっては意味がないからだ。Freescaleに、自動走行車について率直な意見を聞いた。
自家用車市場で先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver Assistance Systems)が急増し始めた頃から、メディアは色めき立って「自動走行車」の未来を予想し始めた。
自律的な運転(自律走行)に関する報道が多くなるにつれ、消費者の興味も高まっているはずだ。だが、既存のADASで可能な機能と、消費者が心に描く自動走行車の未来図には、明白なギャップがある。自動走行車に関する消費者のニーズを探る取り組みは、ようやく始まったところだ。
Freescale SemiconductorのSafety and Chassis部門でマネジャーを務めるDavide Santo氏は、EE Timesのインタビューの中で、自動走行車について現実的かつ率直な意見を提供してくれた。
Santo氏の見解では、自動車業界が、消費者のニーズに合致しない不要な自動走行車を考え出す前に取り組むべき課題(調査対象となる分野)が、少なくとも3つあるという。
Santo氏は、「1つ目の課題は、車からドライバーへの“引き継ぎ”だ。車を方向転換するタイミングなどの運転中の意思決定を、いつ、どのようにして人の制御に切り替えるかが問題だ」と指摘する。
同氏は、「道路の状況が複雑すぎて、自動運転では対応できないこともあるだろう。このように、自動運転からドライバーによる運転に即座に切り替えなければならない場合、“ドライバーが道路に注意を払っている”かどうかを、自動車は認識できるのだろうか?」と疑問を投げかけた。
車内センサーで常にドライバーをモニタリングし、いつでもドライバーの注意を喚起できる状態にすることは可能だ。だが、例えば時速100kmで自動走行しているときにでも、瞬時にドライバーへの“引き継ぎ”ができるだろうか。
自動走行車は、ブランドイメージを弱める可能性もある。
Santo氏は、「運転する楽しさをクルマに求めているドライバーも多い。BMWは、自社のクルマを“究極のドライビングマシン”と呼び、運転する喜びをドライバーに提供するとうたっている。自動走行車は、そのようなドライバーにクルマとしての価値を提供できなくなるのではないか」と述べる。
自動車において最も重要なのは安全性だ。だが結局のところ、ドライバーを魅了するのはブランドイメージであるのもまた事実だろう。自動車メーカーが、自社のブランドイメージを壊さずに、また、ドライバーから運転する楽しみを奪わずに自動走行車を実用化するかは、難しい課題である。
Santo氏は、「自動走行車が、ドライバーに合わせた仕様にできるかどうかも重要ではないだろうか」と主張する。「私のクルマには、イタリアなまりで話してほしい。こうしたちょっとしたカスタマイズが、ドライバーに新たな楽しみをもたらすことは十分に考えられる」と述べた。
【翻訳:青山麻由子、編集:EE Times Japan】
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