筆者は中東情勢悪化に伴うヘリウム(He)、ナフサ、フォトレジストのサプライチェーンの混乱は、半導体工場停止の危機を招くと警鐘した。ただ、実際には半導体工場が停止したという報告は見当たらない。なぜ最悪のシナリオが回避されているのか、その理由を論じる。その上で、特にHeの供給が綱渡りになる可能性を指摘する。
2026年3月、イランがカタール・ラスラファンの液化天然ガス(Liquefied Natural Gas、LNG)施設を攻撃した。その結果、LNG製造の副生成物として生産されるヘリウム(He)の供給に、大きな影響が及ぶとの懸念が一気に広がった。
また、同時期に、イランはホルムズ海峡の封鎖に踏み切り、エネルギー物流は大混乱に陥った。2026年4月には、325隻のタンカーを含む600隻以上の船舶が海峡周辺で足止めされ、その後は約2000隻もの船舶がペルシャ湾内に滞留したと報じられた。この中には、Heや、各種半導体製造装置の消耗部品およびフォトレジストの原料となるナフサを積載したタンカーも多数含まれていたと考えられる。
以上の結果、「He不足」「ナフサ不足」「フォトレジスト不足」という三重苦を通じて、世界の半導体工場が停止するシナリオが強く意識されるようになった。筆者は、これに関する詳細な記事を5件書き、半導体工場停止の危機について警鐘を鳴らした(文末の参考文献1〜5)。
ところが、そのような危機が現実味を帯びたにもかかわらず、実際には世界の半導体工場が停止したという報告は見当たらない(そのため「湯之上は大ウソつきだ」と批判された)。
なぜ最悪のシナリオは(今のところ)回避されているのか。本稿では、He、ナフサ、フォトレジストのサプライチェーンをたどりながら、その理由を検証し、今後の展望を論じる。
まず、半導体の前工程のどこにHeが使われ、どこにナフサ由来の部品や材料があるかを俯瞰してみよう(図1)。
前工程では、シリコン(Si)ウエハー上に、洗浄→成膜→リソグラフィ→ドライエッチング→洗浄→検査という一連の工程を50〜100回以上繰り返し、数十〜数百以上のチップを同時形成する。全工程数はチップによっては1000工程を超える。これは先端ロジックに限らず、成熟ロジック、DRAM、NAND型フラッシュメモリ、パワー、アナログなど、全ての半導体に共通する。
ここで重要なのは次の2点である。
第一に、He供給が途絶すると、成膜の一部とドライエッチングはプロセスが成り立たず「即死」し、極端紫外線(EUV)リソグラフィも危うい可能性があること。
第二に、洗浄、成膜、リソグラフィ、ドライエッチング、検査に至るまで、全ての装置がナフサ由来の消耗部品を使用しているうえに、フォトレジストやIPA(イソプロピルアルコール)等の薬液の原材料もナフサ由来であることだ。
つまり、Heとナフサはどちらも、半導体前工程の「アキレス腱」であると言える。
He供給途絶が各プロセスに与える影響の深刻さを図2に示す。最も深刻なのはドライエッチングであり、リスク水準は「極高」で、プロセスそのものが成立しない「即死型」である。次いで、枚葉高精度化学気相成長(CVD)、温度窓の狭い先端原子層堆積(ALD)、温度管理の厳しいスパッタ、先端エピタキシャル成長が「高」リスクで、膜厚・膜質・応力・結晶性などの劣化が起きる。一方、バッチ炉系CVDや一般ALDは軽微な条件調整で済む。
では、なぜドライエッチングは即死するのか。その理由は、ウエハーの温度制御の原理にある(図3)。ドライエッチング装置では、プラズマから大量の熱がウエハーに流入する。そこで、ウエハーステージの静電チャック内に、例えば−60℃などの冷媒を循環させて冷却する(この冷媒の温度はさまざまで、下は−100℃以下から上は+100℃以上まで、プロセスごとに最適化されている)。
図3 ドライエッチング装置における温度制御の原理[クリックで拡大] 出所:野尻一男(Nanotech Research) 『はじめての半導体ドライエッチング技術』(技術評論社)、90ページの図4-16ところが、静電チャックとウエハー裏面は、ミクロに見ると点で接触しているため、冷媒循環だけではウエハーは十分冷却されない。そこで、静電チャックとウエハーの間隙に1〜2kPaのHeを流す。Heは軽い単原子分子で高速に運動するため、ウエハーの熱を静電チャックへ効率よく伝えることができる。そして、このHeは真空ポンプで排気される。いわば「使い捨て」である。
つまり、このHeが無ければウエハーの温度制御が成立せず、ドライエッチングプロセスそのものが成り立たない。3次元NANDの深孔加工のような極低温エッチングはもちろん、あらゆるドライエッチング工程が成立しない。これが「即死」の意味である。
一方のナフサはどうか。全ての半導体製造装置の消耗部品には、(1)高機能樹脂、(2)Oリングなどのゴム・エラストマー、(3)耐プラズマ・耐薬品のフッ素系材料、(4)配管・バルブ等の流体部材、(5)ケーブル・絶縁材など、ナフサ由来の部品・材料が使われている。そして、製造装置は消耗部品の定期交換によって安定稼働を維持しているため、部品在庫の枯渇は装置停止、ひいては工場全体の操業停止に直結する。
加えて深刻なのがフォトレジストである。フォトレジストは、ナフサ→プロピレン→PO(プロピレンオキサイド)→PGME→PGMEA→フォトレジストという過程を経て製造される(注)。世界のフォトレジストは日本の5社(東京応化工業、JSR、信越化学工業、富士フイルム、住友化学)が90%超を独占しており、その5社はPGMEおよびPGMEAのほとんどを日本メーカーのダイセルから調達している。この供給網のどこかが途絶えれば、世界の半導体工場が停止することになる。
注)PGMEとは、Propylene Glycol Methyl Etherの略で、化学式はC4H10O2。PGMEAとは、Propylene Glycol Monomethyl Ether Acetateの略で、化学式はC6H12O3。
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