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たった1人の決意“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(4)(3/4 ページ)

» 2016年08月23日 11時30分 公開
[世古雅人EE Times Japan]

 庶務課の紅一点、神崎美雪(22)と話をしていた大森は、「また、いつものことだな」と、この須藤と森田のやりとりを、やれやれといった様子で見ていた。神崎は短大卒の地元採用の女性で技術部全体のリエゾン業務を行っている。細かなことによく気付き、職場のマスコット的な存在だ。入社3年目を迎えた神崎も、経営刷新計画には驚きが隠せない。中村の言った開発プロジェクトの中止にもガッカリしていた。

神崎:「ねぇ、大森さんは新製品開発プロジェクトのPLでしょう。悔しくないの? エバの件で、海外工場に原因があるらしいとは聞いたから、開発に問題があるわけじゃないんでしょ?」

大森:「美雪ちゃんはそう言ってくれるけど、多くの社員は僕ら開発がヘマをやらかしたって思っているよ。須藤さんもそれが不愉快だろうし、まして、プロジェクトの中止だなんて、真実を闇に葬り去るみたいで納得できない」

神崎:「それは須藤さんだって同じでしょ。私だって、大森さんが初めて任されたPLで頑張っているのを見てきているし、須藤さんだって誰よりも真剣だからこそ森田さんとやり合っているんでしょう。だったら、今何をすべきか、大森さんや須藤さんなら分かるはずよ♪」

 須藤もよく大森に言うが、神崎の言うことは妙に大人びていて、ビシッと筋が通っている。若いにもかかわらず、下手なベテラン社員よりも頼もしくすら思えることも少なくない。神崎は、以前から技術部内で感じていた、ギスギスした人間関係が良くなることを願っている1人でもある。

荒れる職場……このままでは会社がダメになる

 須藤は行き場のない怒りで満ち溢れていたが、各職場においては、よりひどい状況になりつつあった。工場の各部門は、覇気はないが、怒りはまん延している。製造部の若手社員はやることがないせいか、仕事時間中であるにもかかわらず、PCでゲームに興じている。その様子を誰もとがめない。生産技術部部長の西沢卓(54)と、生産管理部課長の伊藤守(46)と部下だけが、冷静に事の成り行きを見守っている。工場の他の部課長は、傍観し無関心を装っているが、内心、穏やかではないだろう。自分たちが真っ先に希望退職の対象となり、いわゆる“肩たたき”をされるのではないかと思っているのかもしれない。他の部門も似たようなもので、とてもじゃないがまともに仕事をしていると言うには程遠い。

 一方で、東京本社は工場よりも落ち着いている様子だが、以前から技術部に無理な要求を突き付けてくる営業部では、課長の山口が須藤に対する罵倒を繰り返しているらしい――。須藤は、同期の末田から毎日届くメールでそれを知った。山口は、CG社のエバの一件と、それに伴う今回の経営刷新計画の発表は、そもそも技術部がヘマをやらかしたからだと信じて疑わない。須藤は末田のメールを読んで、「もう少し、俺のことを気遣えよ」と思いながらも、営業部も受注見込みがほとんどなく、当分の売上は絶望的な状況であることから、腐る気持ちも分からなくもない。須藤たちが、開発プロジェクトの中止を余儀なくされたようなもので、これまでがむしゃらに頑張ってきたものが、目の前で急に無くなったという現実を受け入れられないようだ。

 部門を問わず、社員からは笑顔が消えて、一部の若手社員はいち早く転職活動に入っているという情報も耳に入るようになった。仕事の合間に転職サイトに登録し、求人案件を探す。有休の取得率が高くなり、面接のために休んでいると思われる者も徐々に増えているようだ。技術部門はフレックスタイム制が導入されているが、朝一番に出社している社員の数も明らかに少なくなっている。

 直接的な原因が須藤たちにないにしろ、CG社のエバで起きたことの真相は、うやむやになりつつある。だが、自分が関わった製品が原因となって、好きで入ったこの会社が終わりを迎えることは受け入れ難い。

 人事部は、希望退職の詳細をまだ明らかにしていない。それにもかかわらず、このありさまだ。湘エレの社員は、ホンネは言わないまでも、総じて真面目だった。それが今では各職場は荒れ放題に近いし、管理職も注意しようとしない。社長が経営刷新計画を発表してからわずか2週間目で、この状況だ。

 「このままでは会社がダメになる」――。須藤は、かつてないほどの危機感を覚えた。そもそも、経営刷新計画は会社を立て直すためのものだ。このままでは、会社を立て直すはずの社員が会社に背を向け、去ることになる。これは経営刷新ではなく、単なるクビきりじゃないか。社長や経営層は、一体何を考えて、こんなばかげた計画を出したんだ?

 須藤は社長の日比野のことを考えていた。

 日比野は、須藤が新人で開発課に配属されたときは、今の中村と同じ立場の技術部長だった。根っからの技術屋という感じで、若手の育成にも一生懸命な部長だった。日比野が社長になってからも開発現場好きは変わらず、須藤にもよく声をかけてくれたものだ。「これは以前の製品と何が違うんだ?」「こいつはどういう仕組みになっている?」など、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる社長に、ほのぼのとしたものを感じていた。

 経営刷新計画は、その日比野が腹の底から納得して出した答えなのだろうか。須藤はどうにも合点がいかなかった。

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