全社員の4分の1を削減するという経営刷新改革が発表され、湘南エレクトロニクスには激震が走る。本音は出さずとも総じて真面目だった社員たちは会社に背を向け始め、職場は目に見えて荒れてくる。そんな中、社長に直談判しに行った須藤が決意したこととは――。
「“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日」バックナンバー
株式会社湘南エレクトロニクス(以下、湘エレ)は、2016年に創業60年を迎える映像機器メーカーだ。社員数は2000人を超える。東京に本社を構え、湘南の海に近い神奈川県藤沢市には工場を所有している。技術開発課の主任である須藤は、これまでいくつかの開発プロジェクトでリーダーを務め、知識、実力ともに部門内では一目置かれているエンジニアだ。小さい時からの映画好きがこうじ、湘エレに入社を決めた。思ったことをハッキリと言うので、課長の森田にはよく思われていない。昨今、開発部門に対してコスト削減や短納期開発などの要求が厳しく、営業部門からは「顧客の言う通りに製品を作れ」と言われ、製品開発そのもののあり方や、製品価値について考えるようになっていた。社員は総じておとなしく、理不尽な要求に対して何も言わない。ホンネが出てこない組織に対して須藤は「腐った会社」と言い放つ。
須藤は、同期の仲間(営業部 末田、知的財産部 荒木)や、理解ある上司(中村部長、企画部 佐伯課長)らと話をしているうちに、ホンネが出てこない組織風土や企業体質への疑問や、エンジニアのモチベーションへの関心が、自分の中で高まりつつあるのを感じていた。「何とかしなければいけない」という危機感を持っていたさなかに、湘エレに会社の存続が問われる大きな事件が発生する。
湘エレが満を持して開発した最新デジタルビデオカメラ「DVH-4KR」が、ハリウッドのCG Cinema社(以下、CG社)で8台、評価(エバ)が行われていた。しかし、半数がダイナミックレンジ不足で要求スペックを満たしていなかった。その原因はどうやら開発課の須藤たちが指定した“特注購入仕様書”のデバイス(A-Dコンバーター)ではなく、既存製品でも用いられている“共同購入仕様書”で手配され、部品搭載されてしまったかららしい。
なぜ、このようなことになったのかは、まだハッキリとしていない。さらに、衝撃試験の試験成績書においては、あたかもMILスペックにパスしたような数値が記載されており、CG社からは湘エレのコンペチタ(競合企業)に該当するプレジションイメージング社(以下、プレ社)を出し抜くために試験成績書のデータ改ざんを行ったと思われている。CG社はカンカンで、契約解除も辞さないらしい。
悪いことに、CG社が行うエバは業界そのものが注目をしていたため、今回の1件(ダイナミックレンジ不足、試験成績書改ざん)が、どこからかSNSにリークされ、マスメディアの「湘エレたたき」が始まってしまったのである。
「企業不祥事」とまで書かれた湘エレは、海外・国内の顧客離れが急速に拡大していった。そして、社員誰もが予測しなかった経営刷新計画が発表された。
これが経営刷新計画の骨子だ。給与カットや残業ゼロは予測していたものの、社員が一様に驚いたのは、3つ目の希望退職であった。それも、全社員数の4分の1に相当する大規模なもので、湘エレがこれまでに経験したことがないものだった。希望退職はTVや新聞で話には聞くものの、まさか、自分の会社で行われるとは思いもよらなかった。その他、経営刷新計画の最後のほうには、マスコミへの対応として、「マスコミからのインタビューへは“ノーコメント”を貫くように」と、小さな文字で指示が書かれていた。
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