今回は番外編として、量子コンピュータについて少し触れてみたい。日本が開発した量子コンピュータの原理を、いち早くハードウェアに実装したのは、カナダのD-Wave Systemsであった。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」バックナンバー
2017年6月のこと。筆者のLinkedInに、ある人物から連絡があった。
彼はカナダ・バンクーバーの投資家で、量子コンピュータの開発を手掛けるカナダD-Wave Systemsに投資をしている人物だった。ひとまず電話で話をしたところ、D-Wave Systemsのビジネスの日本展開を推進したいと言う。
D-Wave Systemsは、シリコンバレー(パロアルト)にも小さな拠点を持っている。量子コンピュータのチップのウエハーを開発および生産しているチームが、そこを拠点にしていて、事業担当ディレクターもパロアルトに勤務しており、カナダの投資家は筆者に、まずパロアルトの拠点を紹介してくれた。余談だが、実はこのディレクターは、英国の理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士のアシスタントをしていた人物だった。
パロアルトは、筆者が代表を務めるAZCAのオフィスからも近い。そこで筆者はD-Wave Systemsのパロアルトオフィスを訪ね、事業担当のディレクター他、数人のキーパーソンに会ってきた。筆者は、もう自分自身でプロジェクトを担当することは少なくなっているのだが、もしAZCAがこの案件を支援することになるのなら、ぜひとも自分で担当したいと思った。それくらい、D-Wave Systemsが手掛ける量子コンピュータの分野に興味がわいたのである。
さて、ここで少しD-Wave Systemsについて大切な補足をしておきたい。
量子コンピュータの原理は、今から30年以上前となる1985年、英国オックスフォード大学の物理学者デイビッド・ドイチェ氏が、量子チューリングマシンなるものを定義したことで知られている。そして1994年に米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のピーター・ショア教授が発表した論文がきっかけとなって、量子コンピュータ実現のためのさまざまな研究が進み、今では大きく分けて3つの方式の研究開発が主流になっている。Google、IBM、Intel、Alibabaなどが進める量子ゲート方式、Microsoftが進めるトポロジカル方式、そしてD-Wave Systems、Google、IARPA-QEOなどが進める量子アニーリング方式である。D-Wave Systemsが開発した量子コンピュータは、「量子アニーリング(量子焼きなまし)」という原理(方式)が採用されている。
実は、量子アニーリングは、1998年に東京工業大学(東工大)の西森秀稔氏と門脇正史氏によって提案された、“日本生まれ”の技術だ。
2017年7月に東京で高校時代からの親しい友人に会う機会があった。彼も西森教授と同じ東京大学理学部物理学科の出身だったので、西森教授を知っているかと聞いてみたところ、本当に奇遇なことに、「知るも何も、西森君は東大時代の非常に親しい後輩だ。もちろんよく知っている」と言って、その場ですぐに筆者を西森氏に紹介してくれた。そんなことから、筆者は翌8月末に早稲田ビジネススクールでの集中講義のために再び東京を訪れたその足で、西森教授の研究室を訪ねた。そして、話は大いに盛り上がったのである。
もちろん、D-Wave Systemsも西森氏のことは非常に尊敬していて、いろいろとアドバイスをもらったという。D-Wave Systemsの創設者によれば、彼は以前、西森氏が米国の大学で量子コンピュータについて講義を行った時に、その講義に出席し、熱心に質問することができたという。
西森氏に話を聞いたところ、1998年に論文を発表した時点では、「シミュレーションはできるかもしれない」くらいにしか考えていなかったという。まさかハードウェアに実装する企業が現れるとは、思ってもみなかったようだ。
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