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人生の棚卸しと「恥辱プレイ」でつかんだ合格証明書リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(3-1)(3/4 ページ)

» 2026年02月26日 10時00分 公開
[江端智一EE Times Japan]

人生を箇条書きにして分解する

 このように、私(たち)が必死で対応してきた課題は ―― 時間と技術の発展によって、『え? それが課題なの?』というくらい陳腐になっていきました。で、問題は、私がせっせと記載してきた論文は、『今や、課題以前の汎用技術に関する事項ばかり』になっていることです ―― この果てしない“むなしさ”、“恥ずかしさ”が、あなたに理解できるでしょうか ―― いや、できまい。

 エンジニアにとって、年を取るということは、単に年を取ることだけでなく、自分のやってきたことが「無駄であった」ということを再確認するフェーズでもあるわけです ―― 年齢を重ねるということの恐怖の一端だけでも理解して頂けたら、と思います。

 もちろん、私(たち)がやってきたことが、せめて次の世代への「踏み台」となっていれば、救いはあります。

 しかし「ギガビットの光回線が自宅にやってくる」という、―― 「川から村の間に水瓶で生活用水を運んでいた」ところに、いきなり村の目の前に「黒部ダムなみの水源」がやってきた ―― というこの状況で、私(たち)がやっていたことが一体何の役に立ったと言うのか? 私(たち)がやっていたことは、「水瓶の数」と「その水を運ぶ人間」の最適スケジューリング問題を解いていただけなのです。

―― 私(たち)が、いても、いなくても、世の中は大して変わらなかった。

 このように、大学入学の準備は、自分のやってきた(人生の大半の)仕事の「棚卸し」を見える化して、虚無感に陥らせる、という恐ろしいプロセスを含んでいるのです。

 加えて言えば、前述の各種書類――研究業績一覧、職務経歴書、研究計画書、志望理由書といったものも、なかなかに残酷です。

 これらは形式上、「これまで何をやってきたか」「それがどのように積み上がっているか」を淡々と書き出すことを要求しますが、実際にやらされるのは、自分の人生を箇条書きに分解し、番号を振り、枚数制限の中で削り落とす作業です。

 「あの頃は必死だった」「当時は確かに意味があった」と思っていた仕事が、A4用紙1枚の中では、1行か、せいぜい2行に圧縮されます。

 そして、削られた項目の方が圧倒的に多い。残った項目についても、「これは今でも意味があるのか」「現在の研究テーマに接続できているのか」という冷たい視線を、自分自身に浴びせることになります。

 その結果として浮かび上がってくるのは、「積み上げてきたはずのキャリア」ではなく、「今となっては説明しづらい過去の山積み」です。

 書類は評価のために提出するものですが、実際には、過去の自分自身に対して下す評価プロセスでもあるわけです。

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