トランスを含むスイッチング電源の設計には、特有の難しさがある。磁性部品であるトランスを、電気回路の設計にどう取り込むかという課題だ。
あらゆる電子機器に不可欠な電源回路。特に民生機器の分野では、機器の小型化や薄型化を背景に、電源回路に対しても小型化の要求が根強くある。電源回路を小型化する新技術として注目されているのが「複合トランス」だ。
複合トランスとは、1つのトランスで複数の役割を実現したもの。一般的なスイッチング電源では損失になってしまうトランスの漏れ磁束を電力変換動作に積極的に活用することで、複数の電力用インダクタを一体化する。
ただ、トランスを含むスイッチング電源の設計には、特有の難しさがある。磁性部品であるトランスを、電気回路の設計にどう取り込むかという課題だ。磁性部品であるトランスは、ある一定以上の電流を流すと磁気飽和し、非線形な特性を示すといった点も考慮する必要がある。スイッチング電源の開発は、回路シミュレーションを活用しながら進めるのが一般的である。ところが、トランスを含むスイッチング電源は、試行錯誤しながら開発を進めるケースも多い。
一般的なトランスではなく、複数の役割をまとめた複合トランスを使うと、さらに設計の難易度は増す。どのようなアプローチで、複合トランスを使ったスイッチング電源を開発するか……。2011年5月にムラタソフトウェアが開催した「第1回 Femtetユーザー会」の講演内容を基に、1つの方法を紹介する。講演者は、村田製作所のパワーモジュール商品事業部開発課の研究員で、同志社大学大学院の客員教授を務める細谷達也氏。タイトルは、「スイッチング電源に用いる、複合トランスの開発と磁界解析」である。
細谷氏は、トランスの挙動解析やパラメータの算出に、CAE(Computer Aided Engineering)ツールを活用することを提案する。
一般には、トランスの挙動を解析したり、パラメータを算出するのには、トランスの磁気回路を基に等価回路を作成し、その上で物理的な寸法を基にトランスのインダクタンスを計算するといった方法を採る。等価回路とインダクタンスの値がはっきり分かれば、トランスを電気回路として取り扱うことができる。
ところが、このような手法では、自己インダクタンスは算出できたとしても、漏れインダクタスを算出するのは難しい。CAEを使えば、このような課題をクリアし、効率的にスイッチング電源の開発を進められる。
講演では、複合トランスを使ったゼロ電圧スイッチング(ZVS)コンバータにCAEツールを適用した事例を紹介した。村田製作所が独自に開発した回路トポロジー「Linkコンバータ」を採用しており、1次側の漏れ磁束を共振インダクタとしてZVSの動作に利用し、2次側の漏れ磁束を出力チョークとして電流平滑動作に利用する。
解析のアプローチとして、トランスを電気的な回路として取り扱うだけではなく、「磁気回路解析」や「磁界解析」といった方法で、磁気的にも解析することを基本方針にする。まず、磁界解析については、物理的な3次元トランスモデルに有限要素法を適用して実施する。この磁界解析によって、トランスの自己インダクタンスや結合係数、漏れインダクタンスといった回路パラメータを算出し、その後、回路シュミレータと連成させる。実際にスイッチング電源を試作した後には、実験波形とシミュレーション波形を比較することができる。
CAEツールを使うため、ツール上でさまざまなパラメータを変えながら、寸法と効率の最適な条件を見つけ出せることも特徴である。「磁性部品の専門家は、トランスの特性や取り扱い方法をよく知っているかもしれない。ただ、回路設計者は、トランスを回路パラメータとしてどのように取り扱うのか、トランスを含むスイッチング電源を試作する前にどのように特性を評価するのかといった疑問を持つことが多い。磁性部品を取り扱えるCAEツールをうまく使うことで、このような課題を解決できる」(同氏)。
CAEツールとして、ムラタソフトウエアの「Femtet」を使った。Femtetは、有限要素法を使った物理シュミレータである。電界や磁界、電磁波の電磁気的な物理現象の他、熱伝導や応力といった機械的な物理現象などの解析に個別に対応する(関連記事)。「磁性部品をシミュレーションでき、しかも気軽に使えるCAEツールは少ない。その観点で、Femtetは電卓感覚で使え、アイデア次第で設計開発のさまざまな現場に活用できるCAEツールだろう」(同氏)。複合トランスを使ったスイッチング電源の開発にFemtetを活用し、実際に開発期間の短縮と性能向上に役立ったと主張する。
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