スマートフォンやタブレットPCといったモバイル機器を中心に製品化が続く、ワイヤレス給電技術。まだ先だと見られていた電気自動車への展開が、基礎研究から実証段階へと移りつつある。
「電気自動車の急速な普及が見込まれている。使いやすく、送電効率の高いワイヤレス給電技術は、その普及をさらに後押しするだろう」――。ワイヤレス通信分野の大手、Qualcommが電気自動車向けワイヤレス給電事業に参入し、2012年に電気自動車を使った大規模な実証実験をロンドンで実施する(図1)。
冒頭のコメントは、同社が2011年11月に開催した事業説明会でExecutive Vice Presidentを務めるAndrew Gilbert氏が意気込みを語ったコメントだ。「当社にとって近づきたい領域かつ、近づける領域、それが電気自動車向けワイヤレス給電の分野だ。重点を置いており、市場の拡大に非常に期待している」(クアルコム・ジャパンの代表取締役会長兼社長の山田純氏)という(関連記事)。
宇宙航空・エネルギー機器、建機など総合重機を事業とするIHIも、試作車を使った実証実験を2011年11月にスタートさせた(関連記事)。実用化の進むモバイル機器向けとは対照的に、電源ケーブルを使わずに非接触に外部から電気自動車の内部電池を充電するワイヤレス給電技術の実用化はまだ先だと見られていた。しかし、基礎研究から実証段階へ、状況は変わりつつある。
Qualcomが、ワイヤレス通信やモバイル機器と直接関係のない電気自動車を対象にした事業に参入することを意外に思った読者も多いかもしれない。前出のGilbert氏は電気自動車向けワイヤレス給電市場に参入する理由を2つ挙げた。
まず1つは、自動車業界と長年かかわってきた実績である。同氏は、Qualcommが設立された当初に手掛けていたのが、トラック向けの運行管理システム「OmniTRACS」だったというエピソードを紹介した。現在も、自動車分野を対象にさまざまな半導体製品を提供している。
もう1つは、電気自動車やハイブリッド自動車の普及に潜む課題を、ワイヤレス給電技術が解決できると考えていることである。現在の電気自動車は、走行距離が短いこともあり、ガソリン車に給油するよりも頻繁に充電作業を繰り返す必要がある。この充電作業の手間を、ワイヤレス給電技術で軽減できる。「充電用の電源ケーブルを取り回すのが手間というだけではなく、大雨や雪といった環境では電源ケーブルを電気自動車に挿すのが難しいということもあり得る。電源ケーブルの『ワイヤレス化』がその解決策だ」(同氏)。
Qualcommは、電気自動車向けワイヤレス給電事業をライセンス部門の管轄とし、基本技術の知的財産を自動車業界へ広く提供する予定だ(図2)。電気自動車向けワイヤレス給電事業を進める上で、ワイヤレス通信分野で長年の経験を有する同社は、非常にユニークな立場にある。
まず、ワイヤレス給電技術の相互互換性を確保する仕様を策定するときに、モバイル機器の通信方式の標準化を進めてきた経験が生きる。電気自動車にワイヤレス給電機能を搭載するには、人体に影響が無いことや他の通信機器と共存できることを確認しておく必要がある。このときに、ワイヤレス通信分野の各種規制に熟知したこれまでの知見が活用できる。
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