有機半導体は既に実用化が進んでいる。最初に大規模な応用が進んだのは業務用プリンタの感光ドラムだ。OPC(有機電子写真感光体)と呼ぶ。アモルファス状態の有機物を均一な薄膜として形成し、耐久性もある。
アモルファスは均一な薄膜の形成に適しているものの、課題がある。移動度が低いのだ(図6)。移動度が低い半導体でトランジスタを作ると、スイッチング速度(動作周波数)が遅くなる。処理性能が高くならず、用途が広がりにくい。
1990年代後半にはペンタセンなどの有機分子を利用して分子性結晶を作り、1cm2/Vs以上の移動度が実現できるようになってきたという。だが、ペンタセンにも問題がある。実用には向かないのだ。
有機半導体の役割として期待されているのは、シリコン半導体では実現できないエレクトロニクスだ。例えば真空装置やフォトレジスト(露光)を使わないプリンテッドエレクトロニクスである。有機半導体材料を溶媒に溶かして「インク」とし、塗布プロセスを利用して常温・大気圧下で連続生産したい。新聞を大量に印刷するイメージだ。プラスチックや繊維など、柔軟性のある基板上に半導体を形成したい。フレキシブルデバイスやウェアラブルデバイスに必要な技術だろう。
ペンタセンは高い移動度を持つものの、溶媒には溶けない。さらに大気中で酸化されてしまう。これではプリンテッドエレクトロニクスに使いにくい。
プリンテッドエレクトロクニクスへの利用が前提になると、温度条件が厳しくなる。プラスチック基板は熱に弱いため、150℃以下の低温プロセスでトランジスタを形成できなければならない。シリコン半導体では手が出せない領域であり、有機半導体が最も力を発揮する。
温度条件はもう1つある。配線や保護層形成時には加熱処理が加わるため、有機トランジスタ自体に耐熱性が求められることだ。
これまで開発された有機半導体はプロセス時に100℃程度にしか耐えることができず、移動度も3cm2/Vsだったという。これを超えることが目的だ。
今回開発した有機半導体デバイスは200℃、5分間に加熱後、室温に戻すと、3cm2/Vsを超える移動度を示した(図7の赤線)。いったん液晶の結晶が「融解」しても破損が起きないことを示す。図7の青線は、後ほど解説するSmE相ではなく、より液体に近いSmA相をもつ物質の特性を示す。加熱すると移動度が極端に下がる。実用にはならない。
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