今回SmE相を発現する有機物質として採用したのは、「ph-BTBT-10」という炭素原子を30個含んだ低分子だ(図10)。この分子は優れた性質を備える有機半導体に適するよう材料設計指針に基づいて分子デザインしたものだ*4)。
*4)材料設計の指針は2006〜2011年度に実施した「液晶性有機半導体材料の開発」で確立したもの。このとき、移動度5cm2/Vs、180℃5分で1cm2/Vsの移動度を保つことに成功した。
ph-BTBT-10分子は3つの「機能部分」から成り立っている(図11)。中央にあるベンゼン環などは電子伝導に役立つ部分(水色)。Π電子を持っているため、分子が図8にあるように並ぶと、長軸と垂直な方向(図の左右方向)に電流を流す。
分子の右側に飛び出しているアルキル基は溶媒への可溶性を持たせるために付けた部分(赤色)。これがないと液晶にはならない。「分子設計で最も重要なのは左側のベンゼン環だ(黄色)。通常の液晶では可溶性を高めるため、左右にアルキル基を付ける。だが、SmE相を発現させるには今回のベンゼン環のような構造が必要だ」(半那氏)。
分子設計の妙味はもう1つある。SmE相と結晶相が相転移を起こす温度を「制御」できるのだ(図12)。ph-BTBT-10では90℃でSmE相から結晶相に相転移が起こる。だが、結晶相を加熱すると142℃でSmE相になる。相転移を起こす温度が違う。「ph-BTBT-10分子に非対称性を持たせたことで実現できた」(半那氏)。
このような性質は実用化に役立つ。90℃まで液体のまま振る舞うSmE相を使って薄膜を形成でき、形成された薄膜は142℃まで結晶膜として振る舞う。プロセス温度が低くなり、耐熱性が上がる。
「今回のようなSmE相の振る舞いは、ph-BTBT-10に限られたものではない。分子設計手法に基づいて設計できており、他の構造の分子へと応用できる手法だ」(半那氏)。相転移の温度や溶解度などを自在に制御できる可能性がある。
まずは2種類の設計を進めたいという。「成膜のためには一般に0.5〜1重量%の溶液が適しているといわれている。今回のpH-BTBT-10は0.2重量%である。今後、JSTの研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)で、DICと共同研究を進める予定だ。もう1つは成膜温度の低温化だ。現在は60〜70℃が実現できている。クロロホルム・トルエン混合溶媒では40℃まで下がったが、クロロホルムは環境に悪影響がある。それ以外の溶媒でも実現したい」(半那氏)。
今回の開発では、SmE相を取る液晶、それも狙い通りの相転移温度(の差)を持つ材料の開発に成功した。成膜性と耐熱性を制御できるということだ。
「現時点では移動度の設計がまだできていない。多数の分子が並び、相互作用することで移動度が決まるため、試作して測定しないと移動度が分からない」(半那氏)。
こうした中、予測していなかった現象が起きた。ph-BTBT-10の薄膜に120℃、5分の熱処理を加えると移動度が約2cm2/Vsから10cm2/Vsまで約1桁向上するという現象だ。これが10cm2/Vsという高い移動度の理由である。「熱処理を施す前のSmE相は2つの層が(上下に)並んだ構造を採っている。加熱した後は単分子層が、2分子層に変化したことが確認できた」(半那氏)。図13に構造変化のモデルを示す。
この現象は高い移動度を得るための分子設計の新しい手法となる可能性があるという。ph-BTBT-10固有の現象ではないと考えられるからだ。「これまでは分子自体の構造を設計して所望の性能を得ていたが、今後は分子同士のこのような相互作用を利用して性能を向上できるだろう」(半那氏)。
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