もはやこのシリーズでは定番となりました「無礼な後輩レビュー」ですが、最近、後輩が一方的に、私と私の作品をけなしまくるだけになっているような気がします。
これはあまり良い傾向とは思えませんので、最近はレビューを依頼する時に、私の方から論点をあらかじめ提示するようにしています。今回の論点は、次のようにしました。
「自殺の現象を詳細化(微視的かつリアルタイム化)して、「見える化」することは、自殺抑止に資するか?」
後輩:「読みました*)」
*)彼が読んだのは、編集部に提出前の生原稿です。
江端:「で?」
後輩:「酷く不快でした。想像を絶する不快さで、読むのが苦痛ですらありました。最後のページにたどり着いた者がいたら「お前はこんなものしか読むことしかない『暇人』なのか」と罵られるレベルです」
江端:「うむ、今日も絶好調だな」
後輩:「というか、江端さん。この「人身事故シリーズ」を何回続けているのか知りませんが――」
江端:「10回目だ。レビュアーなら覚えとけ」
後輩:「結局、江端さんは、「バラバラ」で「グチャクチャ」の遺体を描きたい一心で、ここまで連載引っ張ってきたんでしょ?」
江端:「そんなことあるか。人をサイコパスのように言うのはやめろ。不安になるだろうが*) ―― いや、それより、ちゃんと論点出しているんだから、ちゃんと論じてくれよ」
*)参考ブログ
後輩:「ええっと、要するに『飛び込み自殺のプロセスを1/100秒単位で、きちっとした数値と図面とロジックで示すことで、飛び込み自殺へのモチベーションを抑止させることができるか』ということですね」
江端:「そう。いわゆる、『エンジニアリングアプローチ』で効果があるか、ということになるかな」
後輩:「『エンジニアリングアプローチ』うんぬんは知りませんが、江端さんのコラムに抑止力なんぞにある訳ないじゃないですか。なに、ねぼけたこと言っているんですか」
江端:「一瞬で決めつけたな。なぜだ?」
後輩:「読まれないからですよ。人は不快な文章を読まないんですよ。読まれない江端さんのコラムが、どうして抑止力になるのですか」
江端:「いや、何とか、最後のページまでたどついてもらうために、いろいろと工夫はしているつもりなんだが……」
後輩:「そもそも、コンテンツが最悪です。レトリックで逃げられるレベルじゃないですよ」
江端:「そうは言っても、今回試みようとしているのは、実時間(リアルタイム)のシュミュレーションなんだから……」
後輩:「まあ、それはいいです。そもそも、今回のコラムが読まれないだろう理由は、『痛い』からです。江端さんが論じているように、飛び込み自殺は、生きたまま体が切り刻まれていくプロセスそのものです。このコラムからは、フィクションでない肉体的痛みがリアルに伝わってきます。そういうものは読んでいてツラいんですよ」
江端:「だとすると、来月分は、もっとすごい内容になるぞ*)。今回のコラムのプロセスから導き出した、私の頭の中にある事故現場を、完全に再現して描き尽すつもりなんだから」
*)覚悟しておいてください、編集担当のMさん。
後輩:「そのような「現場」は、それほど『痛く』ないものなんですよ。「凄惨」が固定されて静的になった状態は、「凄惨」に至るプロセスの現在進行形の状態と比較すれば、どうってことありません」
江端:「そういうものかな?」
後輩:「静的な状態は、単に目を背ければ足ります。しかし、「凄惨」に至るプロセスは、悲鳴、鮮血、匂い、体温など、人間の五感全てで襲ってきますから、逃げられないんですよ。たとえ、それが江端さんのコラムの記述にすぎなくても、頭の中でイメージできれば、同じです」
江端:「うん。私も、どんなにグロかろうがエグかろうが、しょせん、事故現場の写真は「凄惨から切り取られた一場面」にすぎないと思う」
後輩:「まあ、江端さんの今回のコラムは、読者に痛みと苦しみを想起させる最低最悪な作品ではありますが ―― それでも、これから何十年もネット上に残って読まれていく貴重なコンテンツになると思っていますよ」
江端:「おお、珍しく私(のコラム)を褒めているのか?」
後輩:「こういう、モラルや常識を無視した、醜悪で下劣な検討を、仮説検証を使って数理学的に行うような、そういう正気とは思えない研究員が、今後そうそう出てくるとは思えませんからねえ」
江端:「やっぱり、お前、ひどい奴だよな」
後輩:「私は、今、本気で、EE Times Japan編集部が、このコラムに自己規制をしないことを心から祈っていますよ*)。かつて、江端智一という最低な研究員がいたことを、後世に伝えるためにも」
*)今回、編集担当のMさんが削除したフレーズには、以下の用語が含まれていました。「血飛沫」「飛散」「破裂」「鮮血」「出血多量」「血みどろ」「真っ赤」「肉塊」「肉片」「散らばった」「血塗られた」「放置された」「剥ぎ取られた」
なお、本連載シリーズの、編集前の生原稿は、アンケートに応募して頂いた方にだけ、非公開を条件として、送付させていただいております(アンケートの申し込みについては1ページ目をご参照ください)
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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