自動車業界は、「自動運転車」や「電動車」「コネクテッドカー」などが登場するなど、大きな変革期を迎えている。こうした環境の変化を支えるのが、進化を続ける「車載ソフトウェア」である。ETAS(イータス)は、SDV(Software Defined Vehicle)を啓蒙(けいもう)するため、包括的な開発環境を用意してきた。そして2022年より、未来に向けた新発想の開発プラットフォームビジネスを本格的に展開する。それは「クラウドベースのツールチェーン」である。イータスの日本法人社長でイータスグループ アジアパシフィックバイスプレジデントを兼務する横山崇幸氏に、2022年の事業戦略などを聞いた。
――コロナ禍で世界的に厳しい状況が続いています。2021年の事業環境はいかがでしたか。
横山崇幸氏 今も厳しい状況が続いていることに変わりはない。ただ、2021年4月以降は顧客からのデマンドが明るくなってきたと感じている。ETASの業績も、縮小する事業部門を除くと、現時点では前年に比べ7ポイント増加している。
コロナ禍ではあるが、2020年前半はOEM(自動車メーカー)の生産台数が前年同期を上回ったようだ。しかし、2020年後半になると半導体不足の影響などから、自動車の生産台数は減少した。それに伴い、OEMの事業予算も縮小していると聞いている。
――厳しい状況下において、ETASの事業が拡大しているのはなぜですか。
横山氏 ETASが提供している計測・適合・診断ツール「INCA」を基軸とした開発プラットフォームは、自動車用ソフトウェアの開発効率を改善することができる包括的なソリューションである。コストセービングを可能にするツールでもあり、多くの顧客に活用してもらっている。実際に、「これまで3カ月間要していたソフトウェアの調整や検証を、わずか1〜2週間で完了することができた」という事例報告もある。
もう1つ挙げるとすれば、コロナ禍で日本企業の技術者が海外に出張しにくくなっている状況がある。このため、ETASが提供しているリモートでアクセスできるフローティングライセンスを導入し、ネットワークを経由して遠隔地からデータ収集を行うケースが増えている。
米国で販売する車両については、現地で実際に走行して排ガスの量や燃費、運転パターンなどのデータを集め、車両性能を包括的に評価する「フリートテスト」が必要となる。
そこで、米国のテストコースを走行する車両に測定装置を搭載し、走行中のECUデータなどを収集し、ネットワークを介してクラウドコンピュータに送信する。日本企業の技術者は自宅にあるPCを用いて、クラウドコンピュータ上にある測定データにアクセスし、システムの評価や制御パラメーターの変更をリモートで行うことができる。このように、コロナ禍にひもづいたサポートも積極的に展開しており、これらの活動が成果に結び付いている。
――次世代自動車の開発環境について、大きな変化は感じられますか。
横山氏 温室効果ガスの排出をゼロにする「カーボンニュートラル」の観点から、自動車業界では「電動化」の流れが加速している。しかし、売れ筋はまだ、「ガソリン車」や「ハイブリッド車」が主流となっている。こうした中で顧客は、ETASの開発ツール群を活用し、排ガスを削減するためのソフトウェア開発に取り組んでいると認識している。
こうした開発に欠かせないのが、仮想化の手法である。開発したソフトウェアのキャリブレーションはこれまで、実機によるテストを繰り返し、制御パラメーターを最適化してきた。実機を用いたこの作業が、最もコストを要する開発工程の1つでもあり、「仮想化して実機でのテスト工程を減らしたい」というOEMの要望も強くなってきた。
ソフトウェアのキャリブレーションについて、作業の90〜95%を仮想化すれば、効率改善によって開発期間を大幅に短縮することが可能となる。開発効率に加え、「実際の燃費を2〜4%削減できた」という報告もあり、カーボンニュートラルにも大きく貢献している。
この時、強みとなるのが、ETASツールで生成可能な高精度の統計モデルである。加えて、テストする地域の3D道路データ等とAI(人工知能)技術を用いて、実際に走行せず走行時の車両速度変化を生成可能にしている。排気ガスシミュレーションの入力として生成された車両速度変化を利用することで、開発効率を飛躍的に高めている。実測とシミュレーションの結果は良く合致しており、さらに実測の場合と比較して、再現性が確保されたシミュレーションによる結果を得ることができるようになった。
――電動車や自動運転車では、エンジン用ECUに加え、ADAS(先進運転支援システム)やバッテリーマネジメント用など、多数のECUが搭載されており、しかもこれらのECUが連携して動作しています。車載ソフトウェアの開発にも新たなソリューションが必要になるのではないでしょうか。
横山氏 世界的にさまざまな法規制が進むなかで、自動車には高い性能も要求されている。パワートレインの制御は複雑化し、高度化している。次世代自動車は、動力系、駆動系、操作系、通信系など、多くの機能を組み合わせて車両の制御を行う。このため、搭載するシステムはより複雑化し、制御の集中化が進んでいる。一方で、開発期間を短縮したいという要求はこれまで以上に高まっている。
これらを可能にする手法の1つが、「メジャーメント・オール(Measurement All)」と呼ぶソリューションだ。複数のWP(Working Package)をまとめて計測し、適合させる技術である。例えば、「XETK/FETK」製品を用いると、多チャンネルを同時に計測・評価することができるため、複雑なエラーも効率よく分析することが可能になる。
――いろいろな意味で2021年は、ETASの体質を変革するきっかけとなった年になりました。
横山氏 これまでのシステム開発には、「V字モデル」と呼ばれる手法が用いられ、大きな成果を上げてきた。今後、自動車の仕様をソフトウェアが決める「SDV」の時代を迎えると、ハードウェアに依存しないアプリケーションソフトウェアの開発を短期間で実現するために、「Continuous X」を含むDevOpsサイクルの導入が進むことになるだろう。
システム開発はクラウドベースへと移行しつつある。こうした中で、OEMがアプリケーション開発に専念できるよう、計測データやミドルウェア、セキュリティソリューションおよび、最新の開発ツールなどをクラウドコンピュータ上でシームレス連係させ、容易にアクセスできる環境を提供していくことが重要となる。
これらを実現するためのプラットフォームとして、ETASでは「V&Vスイート」と呼ぶクラウドベースのツールチェーンを用意した。公開されているインタフェースを活用し、競合他社の開発ツール等もクラウドコンピュータ上のサービスとして実行可能にする。これによって、仮想化による「デジタルツイン」の開発環境として、開発フローを顧客ごとに構築することも容易になり、ソフトウェア開発のDevOpsサイクルを大幅に短縮できる。
――2022年の事業戦略などをお聞かせください。
横山氏 SDV時代の到来を視野に入れ、クラウドベースのツールチェーンというプラットフォームを2021年に提案した。2022年は、日本市場も含めこれを全世界で拡販していきたい。もっとソフトウェアに軸足を移していく元年と位置付けている。そのための組織改革も行った。主力事業のDAP(Data Acquisition&Processing)を軸として、それ以外のDEV(Development tool Chain)やVOS(Classic/Adaptive Autosar&Middleware)、SEC(Holistic security for Automotive)などは全てSDVにひも付いた組織になっている。
――車両のサイバーセキュリティ対策も急務になっています。
横山氏 国連欧州経済委員会(UNECE)傘下の自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)や、車両サイバーセキュリティに関する国際標準規格「ISO/SAE 21434」などで、車両サイバーセキュリティに対する法規やガイドラインが示されている。2024年には対象となる全ての車両が、法規制に準拠しなければならない。
セキュリティ関連では、「ESCRYPT(エスクリプト)」という製品ブランドで、自動車向けの包括的なソリューションを提供してきた。セキュリティ関連の事業は好調で、4〜5年前に比べると、その事業規模は10倍に膨らんでいる。
特に、EVITA Full, Medium 実装に適合した自動車用マイコン向けソフトウェアスタック「CycurHSM」は、日本市場で多くののシェアを獲得することができた。また車載ネットワーク上の異常な通信やメッセージなどを検知する「CycurIDS」や、バックエンド側で車両に対するサイバー攻撃のベクトルなどを分析、対応策を検討するための「CycurGUARD」なども用意している。
将来のモビリティとSDVの安心・安全を高めるためにESCRYPTのセキュリティ技術を活用していく。
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提供:イータス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2022年2月10日