TSMCのコスト上昇の主な要因は、地政学的圧力に大きく影響された戦略転換である“グローバルな多角化”に必要となる巨額の設備投資だ。米国アリゾナ州の施設における計画投資の総額は1650億米ドルという驚異的な額に膨れ上がり、単一企業による海外直接投資では米国史上最大となる。
ただし、これらの海外施設は、TSMCの台湾にある最適化された半導体工場と比較すると、大幅に高いコストで運営されている。
AMDのCEOを務めるLisa Su氏は「アリゾナ州の工場で製造されたチップの価格は、台湾の工場で製造されたチップよりも5〜20%高くなる」と公に認めている。また、他の業界レポートでは、アリゾナ州の4nm生産ではこの値上げ率が30%に達する可能性を示唆している。
TSMCは「海外工場の設立によって、当面は連結粗利益率が2〜3%下がる」と認めている。TSMCは売上総利益率を53%以上で維持するという戦略的財務目標を守るために、値上げを選択肢ではなく、こうした高い運営コストと地政学的コストを相殺するために「避けられない」不可欠な手段と見なしている。
TSMCは米国製ウエハーに明確な価格プレミアムを導入することで、顧客、ひいては米国の消費者を、サプライチェーンの多様化という戦略目標の事実上の共同投資家にしている。
地政学的要因に加え、価格高騰の2つ目の要因となっているのは、最先端プロセスを維持するために必要となる技術の驚異的な複雑さである。業界は、GAA(Gate-All-Around)トランジスタなどの技術を用いて、オングストロームスケールで物理学の限界を押し広げている。
3nmから2nmへの飛躍には、トランジスタ設計において過去10年で最も重要な変更の1つ、つまり旧来のFinFETアーキテクチャからGAAアーキテクチャへの移行が必要になる。ゲートでチャネルを囲むGAAは、FinFETに比べ桁違いに複雑かつ、犠牲層の選択的エッチングなどの多段階プロセスを伴うため、多くの潜在的な故障モードが新たに発生し、開発コストがかさむ。
必要なツールの設備投資も急騰している。最先端製造装置1台でさえ150億〜200億米ドルのコストが掛かる。最も重要な装置である極端紫外線(EUV)スキャナーは、1台当たり約3億5000万米ドルともいわれる。
さらに、業界は確率的欠陥(EUVの物理特性に固有のランダムかつ確率的なエラー)の解消に奮闘している。これは、微細化の根本的な障壁であり、将来の進歩には構造的に高いコストが掛かることが確実である。物理法則とのこのたゆまぬ戦いは今や、ファウンドリーのビジネスモデルに構造的に組み込まれている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
記事ランキング