前章では、Heの供給途絶が先端ロジック、HBM、DDR DRAM、3D NANDの全領域において歩留まりを崩壊させ、AI半導体の生産を物理的に不可能にするメカニズムを示した。本章では、こうした各種半導体の供給途絶がサプライチェーン全体にどのような契約上の連鎖破綻を引き起こすかを、過去の事例との対比を通じて検証する。
9.1)3Mのフロリナート事例
フランダース地方政府は、度重なる規制強化にもかかわらず3Mがこれを順守しなかったとして、生産の強制停止を命じた。その結果、同社は顧客に対し供給停止を通告した。3Mがフォース・マジュール(以下、FM)条項を正式に援用したか否かは公開情報からは確認できないが、本件は政府による強制停止という外的かつ不可抗力的事由に起因する供給途絶であり、構造的にはFMの典型的要件を満たす事例といえる。
この結果、フロリナートをドライエッチング装置の冷媒として使用していた半導体製造装置メーカーおよび半導体メーカーは、代替物質の確保を余儀なくされた。本件の詳細については、拙稿『続報・3MのPFAS生産停止、今は「嵐の前の静けさ」なのか』(EE Times Japan、2022年5月18日)を参照されたい。
なお、FMとは、当事者の責任に帰さない不可抗力によって契約の履行が不能となった場合に、当該当事者の責任を免除する法的枠組みを指す。代表的な該当事由としては、地震・津波・台風などの自然災害、戦争・紛争・テロ、政府による規制・輸出禁止・制裁、パンデミック(例:COVID-19)、大規模停電やインフラ障害、港湾閉鎖や輸送遮断などが挙げられる。
従って、3Mの事例がFMに基づく供給停止であったとすれば、その要因は上記の「政府による規制」に該当する。一方、今回のHe供給途絶においてFMが宣言される場合、その原因は「戦争・紛争・テロ」に起因するものと位置付けることができる。
9.2)Heショックにおけるフォース・マジュール連鎖
2026年3月、カタールのLNG施設が軍事的影響を受け、He輸出が停止したことによって、同様の連鎖が、はるかに大きな規模で発生しつつある。米エアガス(仏エアリキード傘下)は2026年3月17日にFMを宣言し、医療用途(MRI等)を優先してHe供給を配分すると通告した(Bitget News、2026年3月22日)
このように、He供給においてもFMが発動された。本件のFMは、前節で述べた「戦争・紛争・テロ」に加え、それに起因する「インフラ障害」を直接の原因とするものである。
その反面、産業用途への供給量は最大50%削減され、スポット価格はFM宣言前の水準から50〜100%上昇したと報じられている。長期契約価格についても、次回改定時に大幅な引き上げが不可避とみられる。
3Mの事例では、影響は特定の冷媒(フロリナート)を使用するドライエッチング装置に限定されていた。しかし、Heの供給が途絶した場合、第7章および第8章で示した通り、ドライエッチング装置はもちろんのこと、EUV(Heの使用有無を調査中)、CVD/ALD装置(Heの役割を調査中)、ならびに真空系のHeリーク検査という、半導体製造の最も基礎的な工程群に関わるため、影響は先端ロジック、CPU、HBM、DDR DRAM、3D NAND、そして成熟ノードロジックの全領域に及ぶ。
9.3)フォース・マジュールの連鎖の4段階
He供給の途絶が進行した場合、フォース・マジュール(FM)の連鎖は以下の4段階で波及すると考えられる。
第1段階:産業ガス供給者
エアガスが宣言したように、He供給者が医療・防衛用途を優先し、半導体製造を含む産業用途への配分を大幅に削減する。ホルムズ海峡の封鎖により約200基の極低温ISOコンテナ(液体He換算で世界の月間供給量の相当部分に相当する規模)が滞留し(日本経済新聞、2026年4月1日)、米国内においても国内生産分(世界シェア43%)では需要を賄いきれない状況が生じる。
リンデ(Linde)およびエア・プロダクツ(Air Products)も同様の供給配分措置を講じ、産業ガス供給者の段階でFM連鎖の起点が形成される。
第2段階:半導体メーカー
Heの供給制限を受け、メモリメーカー(SK hynix、Samsung、Micron、KIOXIA)およびファウンドリー(TSMC、Samsung Foundry、Intel Foundry)が、歩留まり低下または生産停止により、顧客に対するウエハーやダイの供給契約を履行できなくなる。
とりわけ、韓国のメモリメーカーはHe調達の65%をカタールに依存しており(前掲の日本経済新聞)、HBM用TSVの高アスペクト比エッチングと3D NANDのメモリホールのエッチングが最も早く影響を受ける。
第8章で推定した時系列に基づけば、カタール依存度の高い韓国メモリメーカー(SK hynix、Samsung)が2026年5〜6月、TSMCおよびMicronが同年6〜7月、Intelが7〜8月にそれぞれFM宣言に至る可能性がある。各社はFMを宣言し、供給義務の免責を求めることとなる。
第3段階:AIチップベンダー
GPU/AI ASICダイおよびHBMの調達が滞り、NVIDIA(Hopper、Blackwell、Rubin)、AMD(MI300シリーズ)、Broadcom(Google TPU向けASIC)、Qualcomm、Apple、MediaTekなどが、サーバベンダー(Dell、HPE、Supermicroなど)やモバイル機器メーカーへの納入契約を履行できなくなる。
第8章で述べた「ダブル制約(Double Constraint)」――先端ロジックダイとHBMの双方が揃わなければTSMCのCoWoSパッケージングが完成しない――により、一方の歩留まり崩壊がパッケージング工程全体を停止させる。
第4段階:ハイパースケーラー
AIサーバが調達できないことにより、Microsoft(2025年度約800億米ドル)、Google(同約750億米ドル)、Amazon(同約1000億米ドル)、Meta(同約600〜650億米ドル)のAI関連設備投資――4社合計で年間3000億米ドル(約45兆円)超に上る――のうち、AIサーバ調達に充当される計画が大幅に遅延する。これらの企業が顧客(Azure、GCP、AWS、Meta AIのユーザー企業)に対するSLA(Service Level Agreement:サービス品質保証)を満たせなくなる可能性が生じる。
この段階に至れば、AI産業全体の成長シナリオは根底から揺らぐ。4社だけで時価総額は合計8兆ドル(約1200兆円)を超えており、AIサーバ供給の長期停滞が現実味を帯びた場合、市場が織り込む成長期待の剥落により、1〜2兆ドル(約150〜300兆円)規模の時価総額毀損リスクが生じる。
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