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ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(前編)湯之上隆のナノフォーカス(89-1)(5/6 ページ)

» 2026年04月09日 14時10分 公開

第7章:ヘリウム供給制約が日本半導体に与える甚大な悪影響

7-1)Rapidusの2nm(N2)―GAA/ALEは温度均一性に依存する

 国家プロジェクトであるRapidusが2027年量産開始を目標に掲げるN2でも、GAAトランジスタが採用される。第5章で述べたTSMCのN2と同様に、GAAのナノシート形成には精密な温度制御に基づく高選択比プラズマエッチングが不可欠であり、その核心であるSiに対するSiGeの選択エッチングは温度依存性が極めて強い。

 一般に、GAAのナノシート形成プロセスではウエハー面内の温度均一性として±0.5℃以内が要求される。He裏面冷却が機能しなければ面内温度差は±2℃以上に拡大し、選択比の面内均一性が崩れる。その結果、ナノシート形状やゲート長のばらつきが増大し、リーク電流およびしきい値電圧のばらつきとして顕在化する。

 すなわち、He不足は歩留まり低下にとどまらず、GAAナノシート形成のプラズマエッチングそのものを破綻させ、量産プロセスを成立不能にするリスクを内包する。

 さらに、Rapidus固有のリスクとして、以下の2点を指摘しなければならない。

 第一に、RapidusのN2プロセスはIBMから導入した技術を基盤としており、量産レベルでの成熟度はTSMCに比べて格段に低い。プロセスウィンドウ(許容される条件範囲)が狭い段階でHe供給が不安定化すれば、プロセス確立そのものが頓挫する可能性がある。

 第二に、Rapidusは、現在パイロットラインを構築した段階のベンチャー企業であり、TSMCやSamsungのように大口需要家としてHeの長期調達契約を確保する交渉力を持たない。すなわち、グローバルなHe争奪戦において最も脆弱な立場に置かれる。

 以上のように、RapidusのN2は、Heという「見えない前提条件」に、技術面でも調達面でも、二重に大きなリスクに直面しており、前途は多難である。

7-2)TSMC熊本―ノード別に見るヘリウム供給制約の影響

 TSMC熊本工場の稼働は、(1)第1工場の22/28nm(プレーナ型トランジスタ)、(2)同工場で予定される12/16nm(FinFET)、(3)第2工場で想定されるN3(最先端FinFET)に大別できる。

 He供給制約は、いずれのノードにおいてもドライエッチング工程のウエハー面内温度均一性を崩し、それぞれ異なる形で致命的影響を及ぼす。

(1)22/28nm(プレーナ型トランジスタ)――CMOSイメージセンサーができない

 TSMC熊本第1工場の22/28nmノードは、ソニーのCMOSイメージセンサーに貼り合わせるロジック半導体を主用途として想定し、既に量産が進んでいる。プレーナ型トランジスタ構造とはいえ、コンタクトホールや配線形成などのドライエッチング工程では、静電チャック(ESC)+Heによる裏面冷却によって、温度均一性が高精度に制御されている。

 He不足によりウエハー面内の温度分布が乱れると、エッチング速度の面内ばらつきが増大し、CDのばらつきやコンタクト抵抗のばらつきが拡大する。その結果、不良率が上昇するだけでなく、良品であってもノイズ特性やゲインばらつきが悪化し、センサー全体のS/N(Signal/Noise)比やダイナミックレンジが劣化する。

 すなわち、22/28nmという成熟ノードであっても、He供給制約下では、仮にロジックチップが製造できたとしても品質が大幅に悪化する。その影響は、最終製品であるCMOSイメージセンサーの画質低下として現れ、最悪の場合、CMOSイメージセンサーの製造自体が成立しなくなる。

(2)12/16nm(FinFET)――高アスペクト比フィン形成の破綻

 TSMCの生産子会社であるJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)熊本第1工場の12/16nmではFinFET構造が採用され、背の高いフィン(高アスペクト比構造)の形成が不可欠となる。フィンエッチでは高い異方性とCD均一性が同時に要求され、温度制御のわずかな乱れがフィン形状のばらつきに直結する。

 He供給が不足しウエハー面内の温度均一性が崩れると、フィンの高さ・幅・側壁形状が場所によって変動し、しきい値電圧(Vth)の分布拡大やリーク電流の増大を招く。これにより回路のタイミング特性がばらつき、ロジックチップとしての成立性そのものが損なわれる。

 その結果として、12/16nmのFinFETでは、歩留りの急落にとどまらず、量産可能なチップが十分に得られないという事態に陥る可能性が極めて高い。

(3)第2工場 N3(最先端FinFET)――AI半導体の成立条件が崩れる

 第2工場で想定されるN3は、TSMCが「スーパーフィン」と呼ぶ高性能FinFETを用いて、NVIDIAのGPUに代表されるAI半導体など、高集積・高性能用途を主対象とするノードである。

 この領域では、フィン形状制御、ゲートパターニング、コンタクト形成のいずれにおいても、サブナノメートル級のCD均一性が要求される。He供給不足により温度ばらつきが拡大すれば、エッチングの均一性が大きく崩れ、ラインエッジラフネス(LER)やCDばらつきが増大し、リーク電流・速度分布が許容範囲を超える。

 その結果、高性能AI半導体として要求される電力効率・周波数特性・信頼性を満たすチップが得られなくなる。すなわちN3では、He供給制約は「性能低下」ではなく、「まともなAI半導体が製造できない」という最悪の帰結をもたらす。

7-3)Micron広島工場――DRAM/HBMの特性ばらつきと歩留まり

 Micronの広島工場は、先端DRAMおよびHBMの重要製造拠点である。これらの製造では、コンタクトホールや高アスペクト比構造のエッチングにおいて、ウエハー面内の温度均一性が極めて重要となる。

 He不足により温度ばらつきが増大すると、コンタクト抵抗のばらつきやリーク電流の増加が発生し、ビット不良やリフレッシュ特性の劣化につながる。HBMではスタック全体の歩留りに波及し、AI用途に求められる高信頼性を満たせなくなる。

その結果として、性能ではなく、「ばらつき」によって先端DRAMやHBMが成立しなくなるという最悪の事態が想定される。

7-4)車載用ロジック―成熟ノードでも「使えない半導体」になる

 JASMの熊本第1工場で生産が予定されている12/16nmの車載向けロジック半導体は、いわゆる成熟ノードに分類される。しかし車載用途では、車両の過酷な使用条件下でもチップが壊れず、不良動作も起こさないことを保証する「Automotive Electronics Council Qualification(AEC-Q100)」規格に代表されるように、極めて厳格な品質・信頼性要件が課される。

 He供給不足によって、ドライエッチング工程における温度均一性が崩れると、CDばらつきや電気特性ばらつきが増大する。それはコンシューマー機器などの一般用途であれば許容されるレベルであっても、車載用途では規格外となる可能性が極めて高い。

 従って、He不足は単なる生産量の低下ではなく、「仮に製造はできても車載用途としては出荷できない」半導体が増大し、結果として車載半導体を供給することができなくなる。そして、半導体不足により、クルマ生産が減産されたり、生産ラインが停止したのは、これまでに何回も見てきた景色である(例えば、拙稿『半導体不足は「ジャストインタイム」が生んだ弊害、TSMCが急所を握る自動運転車』、EE Times Japan、2021年04月21日)。

7-5)車載パワー半導体―統合3社にも及ぶ影響

 東芝、ローム、デンソーによる統合で量産が進むと考えられる車載用のパワー半導体においても、ドライエッチングによる加工精度と均一性は極めて重要である(3社統合の記事『パワー半導体再編が本格化 ローム・東芝・三菱電機が協議開始へ』、EE Times Japan、2026年03月27日)。特にSiCパワーデバイスでは、電界集中や欠陥の影響が大きく、わずかなばらつきが信頼性低下に直結する。

 ESC+Heによる温度制御が不安定化すれば、デバイス特性のばらつきや耐圧不良が増加し、車載用途としてAEC-Q101規格を満たさなくなる可能性が高い。ここでも影響は同様であり、生産数量ではなく品質によって供給が制約される。

 ここで、AEC-Q101規格とは、Automotive Electronics Council(AEC)が策定する、ディスクリート半導体(特にパワー半導体)の車載信頼性規格で、正式名称は「AEC-Q101: Stress Test Qualification for Discrete Semiconductors」である。

7-6)日本自動車産業への帰結―車載半導体を起点とした連鎖

 以上を踏まえると、He供給制約の影響は、日本においては特に車載半導体を起点として顕在化する可能性が高い。

 車載半導体は代替が難しく、かつ信頼性要件が厳格であるため、供給不足や品質の問題は直ちに自動車生産へ波及する。これは日本のみならず、欧米の自動車産業においても同様に生じうる影響である。

 重要なのは、He供給制約の影響が先端ノードに限定されない点である。Heによる温度制御が機能しなければ、先端・成熟を問わず半導体製造全体の品質基盤が崩れる。

 その結果として現れるのは、単なる供給不足ではなく、「使える半導体が日本のみならず世界的に不足する」という構造的な供給危機である。

⇒「後編」に続く


お知らせ

 2026年6月11日(木)13:00〜16:30に、コンベンションホール・AP浜松町にて、サイエンス&テクノロジーのセミナーを開催します。テーマは、『AIブームは崩壊寸前 その対策と羅針盤』で、CoWoSキャパ不足、HBM不足、電力不足に加え、He供給途絶問題も急遽加えることとしました。詳細はこちらのサイトをご参照ください。


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